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完 千に一つの青い森

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「一般に、税金などを滞納すると、動産や不動産を差し押さえられます。でも、生活必需品など、差し押さえられると生活に困るものは差し押さえられません。その差し押さえ禁止動産の中に、『発明または著作に係る物で、まだ公表していないもの』があります。つまり、青い桜は、桃山家のまだ公表していない品種改良品なので、差し押さえの対象外になるんです。でも、普通の桜であれば、差し押さえの対象になりえます。」
 「おまえ、まさか、転職を考えているんじゃないだろうな。」
近藤が三瓶に言った。三瓶は苦笑した。
「咲いたんだ、本当に咲いたんだ。だからこの森も桜も、永遠に桃山家のものだ。」
 母は絶叫していた。
「あの穴のそばにある、大きな古木の枝に、青い桜が咲いていた。勝太郎も見たんだ。だから写真を撮るために、あそこに行った。」
「写真? 写真を撮ったのね。」
「ああ。私の携帯にも転送してきた。」
それを聞いた近藤は、母にこう言った。
「あなたの携帯を預かります。」
意外にも、母は素直に携帯を近藤に渡した。
「鑑識に回してくれ。」
近藤が三瓶に母の携帯を手渡した。
「あの小屋がいけないんだ。」
母が怒鳴った。
「小屋? 確かあの小屋は、曾祖父に酷い目にあった曽祖父の妻とその両親が、終の棲家にしていた小屋だったわね。あの小屋が、何の関係があるの?」
「あんなところに小屋があるから悪い。あの小屋を建てたのは、使い道のなくなった女とその家族だ。あいつらが、あそこに小屋を建てて、住み着いたから、いけないんだ。」
「つまり、弟はあの小屋の屋根に上ったのね。写真を撮るために。」
「それで、屋根が抜け落ちた?その時に彼は怪我をして、穴に転落した。」
近藤が言った。
「もしかしたら、その証拠写真が、携帯に残っているかもしれん。彼が持っていた携帯は、きっとどこかに落ちている。その携帯は雨風にさらされて、もう、壊れているだろう。だが、その携帯から転送された画像が母親の携帯に残っていれば、それはあの現場の証拠写真になる。
青子さん、あなたの無実が証明されるかもしれませんよ。」
きっと近藤は親切心からそう言ってくれたのだろう。でも、私はそれを聞きながら、
今さら、何よ。
と、思った。もう、自分が無罪かどうかなんて、どうでもよくなっていた。10年かけて築いた生活のすべてを失った挙句、自分の親族の忌まわしい過去を知ってしまったのだ。それはもう、自分の力では、どうすることもできない。
 「あの一帯を徹底的に捜索だ。」
近藤が言った。
 「待ってください。」
 私が言った。
 「トリカブトに気を付けてください。遺留品捜索の前に、まず、除草剤をまいて、
トリカブトを枯らしてください。さっき、私たちが無事だったのは、多分、運が良かったから。雨が降っていたので、花粉があまり飛ばずに地面に落ちていた。だから偶然、死ななかっただけなんだわ。」
 「それはだめ! それはだめ!」
 母が叫んだ。
 「そんなことをしたら、青い桜が咲かなくなる!トリカブトは青い桜に絶対に必要なの。あれは桃山家にとって、何よりも大事な、」
 「弟よりも大事だったというの。」
 私は叫んだ。
 「穴の中に弟が落ちた時、あなたが救急車を呼ばなかったのは、青い桜のためだったのね。」
 私と母は睨みあった。
「あなたと弟は、あちこちから借金をしていた。そしてその支払ができなかった。債権者は毎日のように、この屋敷を訪ねてきた。不動産や動産の差し押さえは間近に迫っていた。
青い桜が咲かなければ、この桜の森は人手に渡ってしまう。でも、もし、青い桜が咲けば、その木は差押え禁止動産として、桃山家に残る。そして桃山家に巨万の富と栄誉を咲かせる。 あなたは毎日、ベランダから桜の森を眺めては、一日千秋の思いで青い桜の花が咲くのを待ち続けた。
そして1か月前、あなたはベランダから青い花を見た。あなたは思ったでしょうね。とうとう、この日が来た、桃山家が復活する日が来たと。だから弟に写真を撮りに行かせた。
 でも、証拠の写真が撮れなかった。青い桜の花はどこにも見えなかった。
おそらくあなたたちが遠くから見た、桜の枝の青い花は、『四季咲き大魔王』のちぎれた花弁が枝に引っかかっていたのでしょう。
でも、弟は必死になってそれを探していた。そして高いところの写真を撮るために、あの小屋の屋根に上った。
 そこで事故が起きた。屋根が抜け、弟は大けがをして、あの穴に転がり落ちた。
 携帯でつながっていたあなたには、すぐにそれがわかった。そしてあなたは駆けつけた。
 あなたは穴の底に倒れている弟を見た。でも、助けを呼ぶことを、あなたは躊躇った。なぜなら、弟が倒れていた場所は、ちょうど、父が埋まっている真上だったから。かつてあなたと祖父が父を殺して突き落とした、まさにその場所だったからだわ。」
 「この家を逃げ出そうとしたあいつが悪いんだ!家の金も、私の子供も、持っていこうとしていた。何よりも許せなかったのは、トリカブトを始末しようとしていたことだ。だから、それをやめさせるために、父があいつを後ろから羽交い絞めにして、私がトリカブトの花をあいつの顔に押し付けた。ただ、それだけだ。あいつを殺したのは、トリカブトだ。私じゃない。」
 母のことばは氷の刃となって、私の心に突き刺さった。この人はいつも、周りが凍りつくことを平気で言う。母は父を殺したのはトリカブトであって、自分ではないと本気で信じているのだ。私は自分の心がカラカラに乾いていくのを感じていた。
 「言い訳にもなっていないわ。あなたは自分の殺人が発覚することを恐れた。おそらく、父の遺体に、上から土をかけただけの、杜撰な埋め方しかしていなかったのでしょうね。弟を助けるために、レスキューが穴に下りたり、現場検証で警察が入ったりすることが、あなたは怖かった。」
 「お前、覚えていたのか。まだ、4歳だったのに。スコップを取りに行っている間に、森に入り込みやがって。」
 「ばか、きちがい!」
 母を罵りながら、涙が止まらなかった。
 「やはり親子だな。10年も離れていたのに、彼女には母親の行動がすべて読めている。」
 近藤が三瓶につぶやいた。
 「だから、一緒にいられないのよ。」
 思わず私はそう叫んでいた。自分が壊れそうだった。
「わかるもんか。お前に、私の苦しみがわかるもんか。」
母が泣き叫んだ。
「私がどんなに苦しんだと思う? 勝太郎ちゃんと、青い桜と、どちらかを選ばなければいけなかった、私の苦しみが、おまえなんかに、わかるものか。あんたの父親は失踪した。そういうことにしておかなければ、桃山家は守れない。青い桜が咲いて、あと少しで桃山家が復活するという時に、あのことがばれたら、すべては水の泡になってしまうんだ!」
「あなたの気持ちなんか、わかりたくない。」
私が言った。
 「どうせ、弟も失踪したことにするつもりだったのでしょう。どうして、弟の体の上には土をかけなかったの。」
 「できなかった。」
 ぽつりと母が言った。
「そう。それだけがあなたの愛情だったのね。」
 「うるさい。」