Scramble Egg 1
「ああ、大丈夫。多分。しかし、何にも知らないんじゃなあ。どうしたものか。」
「でも、オイラじゅんに会えてよかった。」
「え?なんで?」
初めてゴマの口から、何か有力な情報になりそうな言葉が発せられる。純一は期待する。だがしかし、
「う〜ん。オイラにもわかんない。」
この返答である。
「わかんないのかよ。」
「うん。でもじゅんに会えてすごく良かったって気持ちになってるんだ。」
それは純一にもよくわかる。それほどまでにゴマの表情と仕草が如実に喜びを語っているのだ。
正体も自分に会えた喜びの理由も何もかもわからないのに、ここまで無邪気に嬉しそうにされると、なんだか照れくさくなる。
純一は少し火照った顔を横にそらし、話を変えた。
「ふ〜ん。ま、そんなことより、これからどうするかだな。」
「これからどうするかって?」
「とりあえず、ゴマはうちに来てくれたんだから、俺が面倒見るけど、両親には見せられないからなあ。」
「りょうしん?」
ゴマが首をかしげる。
「俺のお父さんとお母さんのこと。あともうしばらくすると帰ってくるんだ。でもお前みたいな生き物は俺たちの住む世界にはいないし、申し訳ないけどお前を人前に出すわけにはいかないんだ。」
「どうしてだよ?」
「お前のことを調べようとかして、どこかに連れ去られたりとか、まあ色々と騒ぎになりそうだから。とにかく、ゴマは俺の部屋の中にいてくれ。外に出なければ安全だから。」
フィクションではよくある話である。宇宙人とか、河童とか。
「わかった。じゃあ、オイラじゅんの部屋から外に出ない。」
「約束な。」
「うん。よろしくな、じゅん。」
「ああ、よろしく。」
そして、一人の人間と不思議な生き物一匹は握手した。もっとも、握ったのは手というより爪だから、握手というよりは握爪と書いた方がいいかもしれない。しかしそれだと読み方がわからないから、やっぱり握手でいいことにする。
という訳で一人と一匹の生活は始まった。この日を境に純一は、周りからの見た目こそ全く変わっていないが、自分から見たら随分と明るくなった。
自分がどこか今の生活からのしがらみから抜け出したいと思っていた時に、あんなことが起こったのだ。正直言って、ものすごく嬉しかった。
うちにあるごまを大量消費してしまうと両親が困るかもしれないし、何より奇妙なことこの上ないので、帰りがけにスーパーでごまを買ってきた。レジを打っていた人は、学生がごまだけを5袋も購入するのを見て怪訝な顔を浮かべていた。
「ただいま。」
随分といそいそと帰宅してしまった。部屋に入ると、部屋が昨日とはまるで違う様相をしていた。
本棚の本は床一面に散らばり、棚に置いていたものも一面に散らばっている。早い話がもの凄く散らかっているのだ。下手人は当然。
「お、じゅんおかえり。遅かったじゃないか。オイラ腹減った。」
満面の笑みを浮かべるゴマとは対照的に純一の顔からは表情が消えている。
「なるほど、それでどこかに食べ物でもないかと俺の部屋を荒らしたわけだ。」
「オイラ、ちゃんとじゅんとの約束守ったよ。」
純一の言葉には無反応で誇らしげに胸を張るゴマ。それを見て深いため息を付く純一。
「ま、壁に傷つけなかっただけマシか。」
そして純一はゴマに食べ物を置いて出かけなかったことを謝り、同時に一緒に部屋を片付けるよう命じた。
「え〜。なんでオイラがそんなことすんのさ。」
「散らかしたのはゴマだろ。グダグダ言わずにとっとと手伝う。」
「ちぇ〜。 ! そうだ、オイラどこに何があったか覚えてないから片付けられないな〜。」
「手伝わなかったら今日ごま抜きな。」
「えぇ〜。ケチ!」
「ケチじゃないだろ!嫌なら手伝え!」
「ケチ!」
「ケチじゃない!」
「ケチ!」
「ケチじゃない!」
「ケチ!」
「ケチじゃない!」
「ケチ!」
「ケチじゃない!」
以下、このやりとりはしばらく続いた。
醜い口喧嘩をなんとか終了させ、そしてなんとか部屋を片付け、ゴマにごまを与える。
「お前、ごまばかり食べて大丈夫なのか?」
「大丈夫って、何が?」
「だから、栄養が偏って病気になったりとかしないのか、とかさ。」
純一はこれまでに生き物を飼ったことがない。もしゴマが病気にでもなったりしたらどうすればいいか分からない。その前に、獣医もゴマを診せられた日には途方に暮れてしまうだろう。だからゴマには体調とかには気をつけて欲しいのだ。が・・・
「わかんない。」
「ハァ〜。またそれかい。」
能天気なゴマにため息を付く純一。
「じゅん。ため息ばかりしてると幸せが逃げるぞ。」
あどけない声でじじむさいことを言われた。
「ほんとにお気楽極楽だなあ、お前は。」
「大丈夫だって。オイラ、病気になんかなったりしないもん。」
「どうしてそんなにはっきりそう言えるんだか。理由はあるのか?」
「無い!」
そんな自信満々に言われても。
「だろうな。」
「だからそんなに心配すんなって。オイラは全然平気だから。ほ〜ら!」
そう言うと立ち上がり、元気良く飛び跳ねるゴマ。その姿に純一は少し安らぎを感じた。
のもつかの間だった。
「おい、ゴマ。そんなに飛び跳ねると危な・・・」
「え?うわぁ!」
どんがらがっしゃーーん。
部屋は再び元の様相、つまり散らかった部屋へと戻ってしまった。
「・・・・・・・・・。もっかい片付けるぞ〜。」
「おう、じゅん頑張って。」
「お前も片付けるんだよ!」
「え〜。オニ!」
「オニじゃない!」
「オニ!」
「オニじゃない!」
「オニ!」
「オニじゃない!」
「オニ!」
「オニじゃない!」
この醜い喧嘩は、さっきよりも長く続いた。
純一の心配をよそに、ゴマは毎日を元気に過ごした。時折、ちょっとしたイタズラを仕掛けて純一の手を焼かせるようなことをしたが、夜にはおとなしく眠って、両親にもその存在はバレていないようだった。
純一も、ゴマのイタズラに怒鳴ることは増えたものの、家に帰ったとき独りではないという孤独感からの解放に、とても喜んでいた。
ただ一つ、気になることはあった。ゴマの体が、日を追うごとに徐々に大きくなっていくことだ。
生き物なんだし成長するのは当たり前なのだが、一体どこまで成長するのかがわからない。
今、ゴマは身長が大体六〜七十センチぐらいに成長している。このまま大きくなり続けたら部屋で飼うのにも限界がある。それに、ゴマ自身部屋の中では退屈だと駄々をこねることがしばしばあった。
そんなゴマを見た純一は、ゴマを休日や夜に公園に連れ出した。
たまの外出時にゴマは思い切りはっちゃける。純一は、色々と不安はあったものの、この生活が続けばいいと思っていた。
そんなある日のことだった。
「ただいま。」
純一はいつものようにごまを買って帰宅する。だが、ゴマの姿が見えない。
「ゴマ?どこにいるんだ?」
どうせまたいつものようになにか企んでいるんだろうと、部屋の中を探し回る。だが、どこにもいない。
「ゴマ?どこだ?」
徐々に心配になっていく。自室、リビング、キッチン、ゴマがいそうな部屋をくまなくさす。クローゼット、押入れ、和室、テレビの裏、トイレ、やはりいない。
「ゴマ!どこだ!」
作品名:Scramble Egg 1 作家名:平内 丈