Scramble Egg 1
両親は躊躇いながらも、実質今の自分たちはいっぱいいっぱいで、純一にしてやれることが何一つ思い浮かばないという状況だったため、この提案に乗った。
という訳で、純一は初めての新幹線に乗り、田舎にある祖父母の家にしばらく滞在することになった。
田舎の生活は楽しかった。田舎と言っても家の前に広大な畑や田んぼがあるわけではない。両親と暮らしているところに比べれば高い建物が少なくて、若干古そうな家がたくさん並んでいるという程度である。
だがその代わりといってはなんだが、庭は広かった。やっぱり途中寂しくなって両親によく電話をかけたが、そのほかは全く心配はいらなかった。祖母も祖父もよく面倒を見てくれたからだ。だから、純一もすぐに懐いた。
「純一、お前は学校で友達にいじめられているんだって?」
ある日、祖父に突然そう言われた。
途端に純一はしょんぼりとする。
「うん。」
「いじめられてどんな気分だった?」
「すごく嫌だった。僕をいじめないでほしいと思った。」
「その気持ちはお父さんやお母さんに話さなかったのか?」
「うん。」
「どうしてだ?」
「だってお父さんお母さん、いつもお仕事一生懸命頑張ってくれているから・・・」
「心配かけたくなかったか?」
こくりとうなずく純一。その頭をおじいちゃんは撫でてくれる。
「お前は優しい子だな。立派だと思うぞ。」
その言葉を聞いて嬉しそうな顔をする。
「けどな、つらかったらつらいって言ってもいいんだぞ。純一には純一のつらさを受け止めてくれる人がいるんだからな。」
「受け止めてくれる人?」
「ああ、お父さんやお母さん。それにじいちゃんやばあちゃんだってそうだ。みんな、お前がつらいと思ったことを受け止めてくれる。」
「うん。」
「あとな、純一は強くなりたいと思ったことはないか?」
「え?」
純一にとって、強いということは悪いことだと思っていた。自分より強いやつが中心になっていじめてきたからだ。
しかし
「純一がこれから大きくなって、守りたいと思うもの、大切だと思うものをしっかりと守れるために強くなる。男ってのは大きくなると誰かを何かを守らなきゃいけないんだよ。」
この祖父の言葉が純一の心を大きく動かした。
「誰かを守る。」
「そうだ、そのためには強くならなきゃならない。純一がやりたいというならじいちゃんは手伝うことができる。もちろん楽して強くなることは出来ない。だから無理にとは言わない。
今でなくたっていい。純一が強くなりたいと思ったら、じいちゃんに相談してくれ。」
純一の祖父は若いころ武術を学んでいた。それを教えるという意味だった。
純一はその日ずっとおじいちゃんが話したことを考え続けた。いやはや健気なことである。そして、次の日には答えを出していた。
「おじいちゃん、僕を強くして。」
「もう決めたのか?」
「うん。」
「簡単なことじゃないんだぞ?痛かったり、疲れたり、きついことだってたくさんあるぞ?」
「うん。僕はお父さんやお母さんを守りたい。だから大丈夫。」
この返事には流石に面食らったようである。純一の顔をしげしげと眺めた後、にっこりと笑った。
「お前は本当にやさしい子なんだな。おじいちゃん嬉しいよ。わかった。純一がそう言うならおじいちゃんも協力する。」
そして、おじいちゃんによる純一の特訓が始まった。
おじいちゃんの言葉通り痛かったり疲れたり、怪我することもあったりもした。でも純一はへこたれなかった。そこまで鬼気迫るものはなかったが、純一は純粋に自分が強くなっていくことを喜んでいるようだった。
純一の両親はこの話を聞くなり血相を変えた。なにせ純一は重度の喘息なのだ。武術の修行などさせた日には純一の体に何が起こるか分かったものではない。
騒ぐ二人を前に、祖父は純一が修行をする決心をした理由を話した。話を聞いた二人は二人して俯いてしまう。涙も流していた。
そんな二人に祖父は純一は特別優しい子だから二人のことを気にかけてくれているんだ。
自分たちのことを情けないなどと思う必要はないと慰め、当然無理はさせないこと、発作を抑える薬は毎日飲ませること(これは純一を預けた日から言われ続けていることだが)、純一の状態を毎日伝えることを約束し、修行は両親も認めることとなった。
修行は厳しかった。祖父は純一の年齢を甘えにさせなかったからだ。けど同時に楽しかった。今まで自分は運動はあまり好きではなかったけど、出来なかったことができるようになるということは一番楽しいことなのかもしれない。
そして大体一年後、純一は両親のもとへ帰った。そして学校にも通いだした。
久しぶりの学校は、クラスメイトがどこかよそよそしかったけど気にしなかった。
今の自分はもう前とは違う。僕は、俺は、強くなった。
学校に戻ってしばらくはそんな状態が続いた。でも前の友達とかはいたからそこまで心配はしていなかった。いじめられていた時はその友達は何もしてくれなかったけど、別に怒ってはいない。もしあの時自分が友達の立場に立っていたら、きっと同じことをしていただろうから。
そう、それはいじめっ子に立ち向かうだけの力がなかったから。復讐とかは考えていないけど、またいじめをしてくるようなら立ち向かう。俺の友達をいじめても同じ。
そして、その時はやってきた。
性懲りもなくまた例の奴らが純一の前に立った。あの時と同じならここで純一は後ずさるが、もうそんなことはない。
いじめっ子連中もその様子に気づき、少し面食らう。だがここで引くわけにはいかないとばかりに荒々しく純一の腕を引っ張り、学校の裏に連れて行く。
「おい、もやし。」
「一年間何してたんだよ。」
「泣きながらママのおっぱいでも飲んでたのか?」
「ギャハハハハハ!」
この間、純一は一言も発さず、ただ目の前にいる敵をまっすぐ睨んでいた。そのことに気付いたのか、いじめっ子連中は純一の肩を突き飛ばす。
「おい、何黙りこくってんだよ。」
「どうしたんでちゅか?怖いんでちゅか?ママに助けてほしいでちゅか?もやしちゃん。」
「ギャハハハハハハ!」
「もうお前たちを相手にするつもりはない。」
「ハ・・・・・」
思いがけない相手から思いがけない言葉を聞いた連中は、怒り出す。
「今なんて言った?」
「俺はもうお前たちを相手にしないといったんだ。」
ドン!とさっきよりも強い衝撃を受ける。
「何生意気なこと言ってんだよ。」
「くたばれもやしがあ!」
一人が蹴とばそうとしてきた。純一はそれをかわし、こぶしを鳩尾に入れる。もちろん力は抜いてある。そこまで自分の力をコントロールできるようになっているのだ。
うめき声をあげて倒れるいじめっ子を前に、残りの連中が後ずさり始めた。
「まだやるのか?」
その言葉を聞いて、いじめっ子たちは散り散りに逃げ出した。
純一がいじめっ子を倒したというニュースは瞬く間に広がった。こういうのは大体尾ひれが付くものなのだが、幸いにもこの時の光景は上級生が目撃しており、先生に報告していたため、純一がいじめっ子を倒したのは自分がいじめられそうになっていたこと、やりすぎてはいないことは全員の知るところとなった。
作品名:Scramble Egg 1 作家名:平内 丈