小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

Scramble Egg 1

INDEX|1ページ/6ページ|

次のページ
 
自分は、何のために生きて、今、何をしているのだろう。
そんなことを考えた人って、少ないようで実はそうではないのかもしれない。
この地球の日本に住んでいる桐戸純一は、少なくともこの時はそんなことを考えていた。


「ただいま。」
その言葉に、返事は帰ってこない。当然といえば当然、両親は共働きからまだ帰ってきてはいないのだから。今夜も帰りは純一が眠ったあとだろう。
こんなのはいつものこと、一人は慣れている。そう心の中で呟きながらもその表情は浮かない。まるで自己破産して人生に疲れきったような顔をしている。
ただこの後、彼は誰であろうと決して体験することが無いであろう体験をすることになるのだが、まだ知る由もなかった。

と、その前に。まずここまでの経緯というか、彼の生い立ちを語らなければならない。
桐戸純一は今から十七年前に生まれてきた。ちなみに一人っ子である。
純一は一般的な家庭に生まれ、両親に愛されながら育ってきた。多少内気で引っ込み思案な性格だが、だからといって幼稚園でも特別浮いているわけでもなく、友達もいてよく母親と友達の家に遊びに行った。
幼稚園を卒園したあと、小学校に入学して三年がたったころ、父親の仕事の都合で都会に引っ越すことになる。思えばこの出来事が引き金になったのかもしれない。
引っ越してから数ヶ月経ったある日のことだった。
親しかった友達と離れ離れになってしまったため、その時こそわんわん泣き続けた純一だったが、新しい場所での生活にも結構早く順応し、新しい学校でも友達は出来た。そのおかげで両親も安心することができた。ところが
「ただいまぁ。純一。」
純一の母親が買い物から帰宅する。しかし、返事が返ってこない。時間的に純一は学校から帰っているはずだし、食卓の上にメモもない。この家では、家に一人でいるときに出かけることになったら、必ずメモを置くようにしているのである。もちろん純一にもそれを言い聞かせている。そしてちゃんと言いつけを守っている。寄り道もダメと言ってある。だから家にいるはずなのだが。
「純一、いないの?」
母親は純一の部屋に向かう。すると途中でゲホゲホと激しく咳き込む声が聞こえてきた。慌てて部屋に入ると、ベッドに横たわりやはり激しく咳き込んでいる純一の姿があった。
これはただの風邪ではないと直感でそう感じた母親は、すぐに病院に連れて行った。
診断結果は喘息。命に別状はないようだった。だがタチの悪いもので、完治するまでには時間がかかるとのこと。あと発作を抑えるための薬代が結構かかることを知らされた。
これから何かと金がかかる時期に入る。桐戸家は特別貧乏ではなかったが、かと言って裕福でもない。そこで母親はパートを始めることにした。
純一も、夜にならないとお母さんが帰ってこなくなってしまったのは寂しかったが、結構勘が良く、お母さんは自分の薬のお金を払うために一生懸命働いているのだということを理解していた。だから、おとなしく毎日を過ごした。
喘息の発作は基本的に明け方起こるものだが、純一のそれはいつ起こるかわからない。激しい運動はNGということで、体育の時間も見学することが度々あった。まあ元々活発な方ではなかったため、純一自身はそのことでそこまで苦にしていなかった。
ただ、この年頃の子供は多感である。自分たちと違うところがあると攻撃してしまうのもひとつの習性と言える。純一の学校でも例外ではなかった。
体育の時間見学することが多かった純一は、体力がほかの子供たちより劣っていた。そこをついてくる悪ガキ共が這いよってきたのである。はじめは、体育の時間に見学していると、軽くからかわれる程度だった。だがそれは、次第にエスカレートしていく。
のろま、マッチ棒(体の線が細かったから)、もやし、その他言動や姿に関する悪口は毎日のように言われる。それだけでなく、下校時に足を速くしてやると殴りつける仕草をしながら追い掛け回される。もっと体を大きくしてやると給食の時に無理やり給食を口の押し込むこともしてきた。
そして、末期になった時には校舎裏に連れ出されることも珍しくなくなった。
純一はこのことを誰にも話さなかった。話せばまたいじめられるという意識もあったし、何より両親に心配をかけたくないと思っていた。
夫婦共働きになってから家族と一緒にいられる時間は減ってしまったけど、それでも両親は純一のことを大切にしてくれた。たまにお互いの仕事の都合が取れると、疲れた様子など微塵も見せずに遊びに連れて行ってもくれた。
もちろん寂しい時も多々あった。でも両親への感謝はなくさなかった。両親が自分のことをとても大切にしてくれているとわかっていたから。
小学生としては、というより人としてとても素晴らしい心構えだが、これがアダとなり、学校も両親も発見が遅れた。この遅れは、決定的な事態を生む。
純一が病院へ救急搬送されたのだ。パート中にこの話を聞いた母親は血相を変えて病院へ飛んでいった。
結局、軽い捻挫だった。原因を確かめると、純一は階段から突き落とされたのだとのこと。
誰がやったのかもわかっている。もちろんいじめの常連の奴である。だが当の本人は『遊びのつもりで怪我させるつもりはなかった』らしい。加害者の母親も何故かそれで納得している。
普通なら激昂するところだが、純一の母親は冷静だった。遊びであろうとなんであろうと、純一が階段から突き落とされて怪我したのは事実。治療費を請求します。と毅然と立ち向かう。
子供の遊びに大人が介入するのかと無効が返せば、そんな話ができるレベルではない。もし万が一頭を打っていたら命の保証はなかった。それを遊びというのならあまりにも危険すぎる。このくらいのことは誰にでもわかることだという。
結果、加害者の子供は家庭裁判所にかけられ、桐戸家は怪我の治療費と、損害賠償を手にした。
捻挫は一ヶ月弱で完治したが、それでいじめが無くなったわけではない。学校でもこのことについて全校集会が開かれたりなど、大々的な取り組みが行われたが、そんなことでは根を絶つことはできない。
なにより、純一自身がダメージを受けていた。次第に学校へ行く回数が減り、ほとんど登校拒否状態に。両親はいじめを受けていたことを早く言って欲しかったということは純一には言わなかった。
彼の両親は、自分の子供がいじめを話さなかったことを考えて、何も言わなかったのだ。だから、心の中ではまた学校に通うようになることを祈りつつも、本人の前ではそのことを一切話さなかった。
そして登校拒否状態になって一年近くが過ぎた小学四年生の夏、事情を聞きつけた祖父母が家にやってきた。そして祖父はこんな提案をしてきた。
お前さんたちも仕事に育児に大変な時にこんなことまで起きて大変だろうから、家でしばらく預かろうか。
両親は困惑した。今は時期的に夏休みだから構わないが、夏休みが明けても預かるつもりなのかと。
それに対する返答は、今のままではいけないということは二人もわかっているだろう。でもどうしようもないというのが現実。だから俺に任せてほしいとのこと。
作品名:Scramble Egg 1 作家名:平内 丈