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アシタのソラ

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 お前は生きる価値も無い上、壊れている。もう、お終いじゃないか。嫌、話しかけてこないで。早く死んでしまえ。嫌だ。ならもっとまともに生ききてみろ。それができたらとっくにそうしてる。どうせできないのだろう。だったらお前は何のために生きてるのだ。何のためでもないだろう。そんな命、あってもなくても同じだ。どうしてそんなこと言うの。何もできないお前が生きてるだけで、迷惑なんだよ。この男も迷惑に思ってるに違いない。これ以上迷惑かけないうちにほら、早く死んでしまえ。お前なんかいらないんだから。いらなくない。いらないね。いらなくない。おまえは誰からも何からも必要とされない。いらない人間だ。
 いらない人間。わたしは頭を抱えてぎゅっと目をつむった。
「翔太、ごめんね、よく眠れなかったでしょう、ごめんね」
 そう言いながら、涙が湧き水のように溢れ出てきた。ぐちゃぐちゃだ。頭の中に白い汚い言葉がたくさん浮かんでくる。気持ちが悪い。この白い文字は何だ? よく見ると、その文字達は白い蛾で作られていた。ウジャウジャ飛びながら形作っている。ああ、もう失神しそうだ。何だこの頭は。気持ちが悪い。気持ちが悪い。気持ちが悪い。
「いやあぁー!」
 わたしは突然叫び、頭からベッドにもぐった。翔太は心配してベッドのそばに来てくれたが、何が何だか分からないわたしにどう接していいか分からないようだった。それから数分、沈黙が続いた。電気をまだ付けていない薄暗い朝の部屋で、わたしと翔太は変な空気の中に閉じ込められた気がした。身動きがとれない。その空気から出ようものなら、電気ショックか何かを浴びせられそうだ。

「俺、この家に住んじゃダメかな?」
 突然翔太がしっかりとした声でそう言った。
 住む? 住むってどういうこと? もしかして、聞き間違い? 何を考えているの?
「何言ってんの?こんな変なやつと一緒にいたら、翔太に迷惑かけちゃうよ。それに、ルームシェアしてる友達がいるんでしょ?」
 そうだ。わたしなんかと一緒にいたら、迷惑をかけるに決まってる。
「友達はそろそろ彼女と同棲したいって言ってたから、むしろ喜ぶんじゃないかな。それに、あんなの見たら、なんていうか、心配で、いられないよ」
 どうしてわたしの心配をする必要があるの? あなたは赤の他人でしょう。
「ダメ。ほら、わたしちょっとおかしいから。ほんとに働いてないし、昼間だって家でブツブツ独り言喋ってたりするし、気持ち悪いと思うよ、きっと」
 いくら違う世界の人間様とはいえ、少しでも気になった人に気持ち悪いなんて言われたくない。
「気持ち悪くなんてないよ。さっきは、怖いなんて言ってごめん。何て言っていいか分からなくて。ただ、昨日はすごく嬉しくて・・・俺、実は結構緊張してたし、ウキウキしてたし。そんな気持ちにさせてくれた人が、苦しんでるのを放っておけないよ。
 もちろん、俺がいたからって何がどう変わるわけじゃないかもしれない。だけど、一人でここで叫んでるよりかは、それを聞いてあげられる相手がいた方がいいと思ったんだ。勝手なこと言ってるのは分かってる。ただ、心配で・・・・・・」
 翔太の気持ちの強さみたいなものが空気を振動して伝わってくる。だけど、やっぱり理解できない。どうしてわたしを心配するの? あなたとわたしは他人でしょう? わたしは首を傾げ、翔太の目をじっと見た。ひたすらに見た。彼は、その目を一度も逸らさず、わたしを見続けた。どうして目を逸らさないの? 逸らせばそれはその場限りだと責め立てることができたのに。なのに彼はわたしよりも強く、わたしの目を見続けた。それは歌のように、一本の線が空に伸びるように、まっすぐにわたしを見続けた。
わたしは彼の強さに観念して、この話を承諾した。
「ありがとう。あ、家賃の四分の三は俺が持つよ。いくら?」
「いらない。ここ持ち家だから」
 翔太はあっけにとられた顔をして、また大きな声で、マジで? と聞き返した。


 その一週間後には彼の荷物は全部我が家へ運び込まれ、埃まみれだった一番大きな部屋を彼の部屋にした。そこにはベッドやソファや本棚が置かれ、リビングには机も置かれた。わたしは正直言って不安だった。ずっと一人で暮らしてきたのに、誰かと住むことなんて出来るのだろうかと、何かおかしなことをやらかすのではないかと、あまりの怠けぶりに嫌気をさされるのではないかと、不安だった。だけれど、葛西翔太という男は、わたしに何の口出しもせず、働けとも言わず、何故持ち家なのだという事情も聞かず、自分の生活と、わたしが叫びちらした時の世話を難なくこなすのだった。
 汚かったキッチンも、使われていなかったリビングも、そしてもう一つの一番小さな部屋も、いつの間にか綺麗に片付き、埃は消えた。そしてわたしが生活している部屋がこの家の中で最も汚いところだと定着してしまったのである。

「食器とか買いに行きたいんだけど、一緒にどう?」
 翔太がうちに住み始めて今日で十日目くらいだろうか。初めてのお誘いだった。彼は最近の仕事が忙しいらしく、平日は帰りが遅い。公園に歌も歌いに行けていない状態だった。なので、せっかくの日曜なんだから家でゆっくり休めば? と言うわたしの意見を彼は無視し、わたし達は新宿に買い物に行くことになった。
 日曜の新宿の、なんと人の多いことか。こんなにたくさんの人間が日本に、いや東京に住んでるのだと思うと、吐き気がした。人間はまるで虫の大群のように地面を歩いている。もう虫にしか見えない。声はテレビの砂嵐のように、途切れることなく無駄に耳に入る。目が回る。息が苦しい。他人の吐いた二酸化炭素だけを吸っているような気分だ。
どうしてこんなところに連れて来たのよ。
「気持ち悪いんだけど・・・・・・」
 わたしが青い顔をして彼に言うと、彼はデパートのベンチまでわたしを誘導し、そこに座らせてくれた。
「ちょっと待ってて」
 そう一言だけ言ってせっせとどこかへ走って行ったかと思えば、ペットボトルに入った水を持って戻ってきた。
「水飲みな。落ち着くまで、ちょっとここで休もうか」
 優しい彼はそう言いながら、ペットボトルの蓋を開けてくれた。冷たい水が渇いた喉を通り胃に入ると、少し楽になる気がした。
「わたしここで待ってるから、一人で買い物してきてよ」
 疲れた。もう歩きたくないし、人ごみもうんざり。
「ダメだよ。二人で使う食器なんだから、二人で買わないと。亜紀ちゃんの具合がよくなるまで、ずっと待ってるから」
 なんてありがた迷惑な男だ。
「いや、もう疲れたから、もう歩けないから」
「大丈夫。疲れが抜けるまで待ってるから。たまには歩かないと、そのうち歩けなくなっちゃうよ」
 何が大丈夫なんだ。ちょっと歩かないだけで、歩けなくなるわけないだろうが。優しさが、逆に疲れる。彼のような優しさを、わたしは持っていない。優しさを貰うだけ貰って、何も返せないなんて、そんなの嫌だ。返すものがないんだから、初めからいらない。
 結局、デパートの閉店時間までわたしは動くことができず、いや、動けたのかもしれないが動こうとせず、今日も無駄な時間を垂れ流して終わった。しかも、他人を巻き添えにして。
作品名:アシタのソラ 作家名:Quelle