続 千にひとつの青い森
思い出した。幼かった私は、退院して家に戻ってから、父を探した。「あんたのおとうさんは、あんたを置いて、どこかに行ってしまったよ」母の声が頭の中で木霊していた。それを打ち消すように、私は首を振り、必死になって父を探し、禁断の森に入った。そして、あの穴の底に倒れている、変わり果てた父の姿を見たのだ。そして私は森を走り抜け、気を失って倒れた。
三瓶がずぶ濡れになって戻ってきた。
「ようやく遺体を引き揚げて、名古屋大学に搬送しました。穴の底にはガスが溜まっていて、危険だったので、遺体の収容に手間取りました。鑑識は嵐がおさまるのを待ってから、あの穴の中に入ります。」
「そうか。ご苦労だったな。」
「どうしますか。桃山青子の逮捕状を請求しますか。」
三瓶が近藤に尋ねた。
「いや。まだ早い。」
「あれ、秘密の暴露ですよね。犯人しか知りえない、遺体のある場所を、彼女は知っていた。」
「だが、秘密の暴露とは、自白の信ぴょう性を裏付けるものであって、秘密の暴露そのものが自白にはならない。そして、彼女は一貫して『殺していない』と言っている。」
「つまり、自白も物的証拠もない。」
「そう。状況証拠は真っ黒。だが、心証は白なんだ。」
「実は僕もそうなんです。だけど、どうして、彼女はあそこに弟の遺体があることを知っていたんでしょうか。」
「そこだよ。あの遺体のあった穴を掘り返してみよう。もしかしたら、あそこから、白骨死体が見つかるかもしれない。逮捕はそれを確かめてからでも、遅くはない。」
「えっ。」
驚いている三瓶に、近藤は父のノートを手渡した。
作品名:続 千にひとつの青い森 作家名:古い歯ブラシ