慟哭の箱 8
絶叫
スポットライトの下、二脚のパイプ椅子。旭はそこに腰掛け、向かい側で子どもが泣いているのを聴いている。サンダルをはいた足元だけが見えていた。
「…涼太?」
静かに声をかける。二人きりの空間。いつものメンバーの椅子は見当たらない。
「きみが涼太なんだろう?」
泣き声がしばらくしてやみ、スポットライトの光が、子どもの上に降る。
そこに座っていたのは、幼いころの旭だった。むき出しの腕も、足も、傷だらけだ。どこかで転んでできた傷ではない。故意に痛めつけられたことは明白だった。
「…ごめんな」
旭は涼太を抱きしめる。冷たい身体だった。
「俺の代わりにずっと痛いの我慢してくれてたんだろう?」
失っていた痛みと記憶の一つが、この腕の中にある。涼太の手が、旭の背中を力なく抱き返す。
「涼太、俺に痛みを返してくれ」
「…でも、一弥が」
「いいんだ。もう涼太が一人で、痛い思いをしなくていい。頼む。思い出したいんだ」
主人格である旭の意思が明確になった今なら、一弥の支配を崩せる。その証拠に、こうして涼太が目の前に出てきてくれた。
「…あのね、一弥も痛いの持ってるの」
「うん」
「だから、ちゃんと一弥のことも、助けてあげてね」
「約束するよ。大丈夫」
ありがとう、と涼太が呟くのが聞こえた。
自分が想像するより、何倍も過酷な選択をしているという自覚が、旭にはある。だけどもう振り返らないと決めたのだ。
「大丈夫だよ」
涼太と自身に言い聞かせる。それは旭の決意でもあった。
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