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かんだこうじ
かんだこうじ
novelistID. 56170
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記憶のかけら

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 実際に博明たちは、別のトコロに興味を持ち始めた。それは偶然一瞬の気の緩みで、友人の一人が足を滑らせ崖下へ滑り落ちて行った時の事だった。草木の間をガサガサと音を立てながらもの凄い速さで落ちて行った友人の姿は、またたく間に見えなくなってしまった。皆が「お~い!」と崖下に向かって心配そうに大声で呼びかけていると、その友人の「大丈夫、大丈夫!」と言う返事が聞こえて、一同は一安心した。幸い彼は、十メートル程下った所で止まる事が出来たのだ。上まで自力で戻って来たその友人は、笑いながら「すごい速さで滑るぞ、ここの砂!」と自慢げに語って聞かせた。するとそこから、博明たちの興味は防空壕なんかより、探検なんかより、“すごい速さで滑る”に一気に移っていた。滑り落ちた友人が笑いながら帰って来た事で、博明たちの恐怖心は知らぬ間に何処かへ消え去っていたのである。我先にと急斜面を滑り落ちてみては、そのスピード感と命知らずな無謀感に妙な楽しさを覚えて、幾度も滑っては登り、滑っては登りを繰り返し、服が泥だらけになっている事も、滑り落ちる際に擦れる草木に傷つけられる肌にも誰も配慮する事さえしなかった。
 ひとしきり遊んだ後、博明と友人たちはまた道なき路を歩き始めていた。別に“ただ斜面を滑り落ちるだけの無謀な遊び”に飽きたわけではなかったのだが、新しい遊びを見つけた博明には又ふつふつと探検する情熱が湧いて来たのであった。――また今度ここに来て遊べばいい。今日は更に先を探検して防空壕を見つけよう。博明の好奇心は再び防空壕に向けられたのだった。
「君たち何をしているんだ!」
 足元を気にしながら慎重に歩みを進ませていた博明たちの頭上から突然大きな、そして強い語気の言葉が降って来た。ハタッと足を止めた博明と友人たちが声のした方を仰ぎ見ると、そこには四十歳くらいの中年の男が一人、仁王立ちでジッと此方を睨みつけていた。博明たちが一歩も動けずにいると、中年の男はガサガサと上手に草木の間を縫うように博明たちの手前一メートルくらい上の所まで降りて来て、再び博明たちを見下ろしながら問いかけて来た。
「君たちは、こんな所で何をしているんだ!」
 中年の男の質問の意味するところは、「こんな道のない所で子供たちだけで危ないだろう」と云った注意なのだ。が、博明は此処が登山道ではないと云う罪悪感と突然現れた大人の男性の威圧的な雰囲気に飲まれてしまい、「ここは立ち入り禁止の場所だったんだ」とネガティヴに拡大解釈してしまった。更に自分たちが帰宅途中に山へ寄り道をしている後ろめたさも手伝って、完全にシドロモドロになりながら「友達がハンカチを落としてしまい、それを探しているんだ」と、到底通じる筈もないデタラメな言い訳を口にした。中年の男は黙ったまま博明の下手くそな弁解を聞くと、「ここは危ないから、早く道に戻りなさい」とだけ言い残して、また上へ戻って行きました。勿論、その言い訳を信じたわけではありません。が唯、子供が必死になって嘘をついている姿に憐れみを感じたのでした。しかし、子供だった博明は中年の男が帰って行く後ろ姿を見つめながら、自分の嘘が通用したのだと間違った達成感を覚えたのだった。
 上手い方便を手に入れた気分になった博明はいよいよ勢いが増し、怖い物無しで探検を再開する事にした。勿論、友人たちも皆乗り気で、誰も帰ろうとする者はありませんでした。こうしてまた道なき路を歩き出して三十分程した頃だったか、先頭を行く博明の足が何かに掴まれたかのように急に止められた。見ると、彼の右足がずっぽりと泥沼にのめり込んでいたのでした。その泥沼は直径五十センチメートルくらいの丸型で、飛び越えようと思えばさして造作無い事だったのだが、博明はそれを唯の泥だと勘違いしたのです。勢いよくズンズン歩みを進めていた彼は、靴が汚れる事などお構いなしにその泥を踏みつけたのでした。――その前に、斜面を滑り落ちるだけの意味不明な遊びのおかげで、すでに全身泥だらけではあったのだが。――しかし彼の読みとは違い、彼の右足は泥を踏んづけたまま離れる事がなく、逆に持ち上げようと動かせば動かす程、みるみる地中へ埋まって行くのだった。博明が訳の分からない様子で友人たちに助けを求めると、友人の一人が「底なし沼だ!」と叫んだ。すると、一気に友人全員があたふたと騒ぎ出し、その中の一人が博明に「動かないように」と言い聞かせ、皆で彼の足を持ち上げ始めた。実は、この忠告が博明にはとても有り難かった。何故なら彼は、底なし沼とやらを良く知らなかったからである。もしそう言われていなかったら、きっと彼はなんとか脱出しようと足に力を入れていたに違いありません。
 友人全員で彼の右足を泥沼から引き抜こうとテンヤワンヤしていたその時、彼らのもとに予期せぬ珍客がブ~ンとやって来た。その客とは、大きなスズメバチでした。まさに“泣きっ面に蜂”の状況に陥った彼らは、ワーワー言いながら博明の右足を引き抜こうと騒いでいた一秒前と打って変わって、一斉に身動きを止め、呼吸をする事も忘れたかのように押し黙ってその場をやり過ごそうとした。が、この行動(スズメバチを追い払うのではなく、飛び去るのを静かに待つ)は、偶然にも最良の策だった。何たって、もしこの時動き回っていれば、博明の右足はどんどん埋まって行ってしまったでしょうから。幸いな事に、スズメバチは彼らに見向きもせず、何処かへ飛び去ってくれました。スズメバチが完全にいなくなったのを確認すると、一行は再び博明の右足を泥沼から持ち上げる作業に取り掛かり、見事に引き抜く事に成功したのです。その瞬間、全員が顔を見合わせて笑い合った。それは勿論、博明の右足が泥水でグチョグチョに汚れていたせいではありません。安堵から来た笑顔でした。
 スズメバチとの遭遇と云う命の危険に晒された後も、博明たちの探検は続いた。――思えば、急斜面を滑り落ちる行為も一歩間違えれば、否、間違えなくても立派な危険行為ではある。が、とにかく彼らは童心が故なのか、無知が故なのか、それとも両方なのか、誰一人として途中で切り上げようとは思わなかった。
作品名:記憶のかけら 作家名:かんだこうじ