記憶のかけら
やがて博明たちは、鬱蒼と草木が生えているだけの山肌に、どんよりと口を開いた洞穴を発見した。彼らが道なき路に足を踏み入れてから、かれこれ一時間半は経過していただろう。彼らは、遂に防空壕を発見したのであった。当然、その洞穴の入り口に“防空壕その1”などとご丁寧に看板が掛かっていたわけではない。が、博明は目の前にある洞穴が防空壕であると直感的に分かった。それは、何故なら、何の利点もなく唯ぼっこりと掘られているその洞穴から、死の気配が感じとられたからだった。それまで、崖を滑り落ちたり、底なし沼にはまったり、スズメバチと出くわしたりしながらも、危険を楽しんで来た博明は此処で初めて死を近くに感じ、無言で防空壕を見つめる事しか出来なかった。友人たちも同じ心境だったのか、誰もが息を殺し、黙って防空壕を見つめるだけだった。まだ陽が昇っている時間帯である。いつもの博明たちならば、墓場であろうと何処であろうと自分たちが行きたければ面白がって入って行った。幽霊が出ると噂のあった一本道や、自殺があったと噂になった公園にも率先して出向いた程だ。しかし、今目の前にある防空壕には近づけずにいた。博明の目には、真っ暗な防空壕の中に無数の“恐怖”が渦巻いて見えていたのだ。実際は唯大きく口を開いた闇があるだけなのだが、その闇に戦争と云うイメージを重ねて見ていたのだろう。優しい風で踊る草木の葉の音とたまに聞こえて来る鳥の鳴き声のみの静寂な時間の中、どれだけの間そこにいたのか分かりません。唯じっと防空壕を眺めているだけの時間は、とても長く感じられた。が、実際は短時間だったのかも知れません。
やがて博明と友人たちは、今日の探検はここまでだと自分たちのいる場所から最も近いであろう登山道へ向かい、一言二言交わすと、散り散りに帰路についた。驚いたのは家で我が子の帰りを待っていた母親たちでした。なにせ帰りが遅い事にドギマギと気を揉んでいたところに、やっと無事に帰って来たと思ったらば、全身泥だらけの細かな傷だらけだったのですから致し方ありません。不安に思った友達の母親が訳も聞かずに学校へ報告してしまい、事が大きくなってしまった。勿論翌日に博明と友人たちが、教師にこっぴどく説教を食らう羽目になったのは言う必要もないでしょう。が、やはり博明と友人たちに反省の色が無かった事も言うに及ばないでしょう。それからも博明たちの学校帰りの山の探検は一か月程毎日続いたのだった。結局、彼らは此の小さな丘のような山の全貌を把握して探検を終えた。防空壕は全部で四つ存在する事が分かった。
今年二十七歳になった博明は、自分の少年時代を思い返す時間が日毎に増えていた。それは、都内の書店で働く毎日が代わり映えのしない味気無い日々の連続であり、そこに楽しみを見出せない為である。とはいえ、彼は決して現実逃避が目的で過去を振り返っているのではない。むしろ、この現実を受け入れる為と言っていいだろう。無垢な好奇心は無知から発せられ、あちらこちらとぶつかりながら満たされていくモノである。博明はあの防空壕の事を回想しては、自分が大人になった事を実感するのであった。