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古い歯ブラシ
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千に一つの青い森

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 そう言うと、私は大きな冷凍庫の扉を開けた。ぎっしりと冷凍食品が詰め込まれていた。これだけのストックがあれば、おそらく数か月は食事に困らないだろう。
「これをレンジでチンするだけ。だから遠慮は要りません。」
 私はそう言うと、冷凍食品の包みをテーブルの上に並べた。
 私は冷凍食品を買ったことがない。高いからだ。毎日、安くて栄養があっておいしいものを工夫して作って食べている。5円、1円を節約して生きている。でも、今はお金の心配をしなくていい。
 よおし、食べるぞ。
私はから揚げやクリームコロッケ、肉団子や惣菜を次々とチンしていった。ピラフもそばめしもチャーハンも。甘い今川焼も、ワッフルも。それから冷蔵庫を開けて、麦茶やジュースのペットボトルを取り出した。レトルトのスープがあったので、それも温めた。
「これ、全部、隣のダイニングに運んでください。」
私は食器棚から皿や箸、スプーンを取り出しながら言った。
ダイニングは天井が高く、南には大きなボウウインドウがあった。窓から見える庭園は荒れていた。剪定されない樹木は不恰好に伸び広がり、噴水は枯れ、穴だらけの芝生には雑草が生い茂っていた。
私は大きなテーブルに、料理を並べた。
「どうぞ。いただきましょう。」
日暮れとともに、空気が冷めたくなっていた。熱いスープがおいしかった。私はから揚げにかぶりついた。スパイスがきいていた。チャーハンは香ばしく、クリームコロッケは口の中でとろけた。
「ああ、おいしい。」
私は食べながら2人の名前を聞いた。年配の刑事は近藤さんで、若い刑事は三瓶さんだった。2人もおいしそうに食べていた。冷凍食品は気が楽だ。味付けや献立で悩まなくていい。後片付けも楽だ。
ボウウインドウに、強い風が吹きつけていた。時折、木立の枝が窓に当たっていた。屋敷全体が、ぎしぎしと音を立てて軋んでいた。

ふと、窓の外に人の気配を感じた。誰かが窓からこの家の様子を窺っている。そんな気がした。私は窓に近づき、外を窺った。
誰もいない。伸び切った木々の枝や雑草が風に揺れているだけだった。

「どうかしたんですか。」
近藤が尋ねた。
「いえ。何も。」
と、私は言った。
私はふたたびテーブルに着き、食べ始めた。
 テーブルの上のクリームコロッケを見ていたら、ふと、悟君のお母さんが揚げてくれたコロッケを思い出した。

~彼のおかあさんは台所で夕食の支度をしていた。そのすぐそばで私と悟君は2人で宿題をしていた。悟君が
「ああ、腹が減った。」
と言ったら、おかあさんが揚げたてのコロッケを持って来てくれた。
「はい、青子ちゃんもどうぞ。」
そう言って、おかあさんは私にもコロッケをくれた。熱々で、ジャガイモが甘かった。
「ああ、おいしい。」
「な、うまいだろう。世界一、おいしいだろう。」
「うん。」
それを聞いた悟君のおかあさんは、
「そうだろう、そうだろう。」
と笑いながら威張っていた。~

あのコロッケはほんとうにおいしかった。そんなことを思い出しながら、私はクリームコロッケを食べた。
食事が終わる頃には、雨も降りだしていた。
「後片付けが終わったら、2階の客室に案内しますね。」
私が言うと
「私たちは居間に寝ます。布団を貸してください。」
近藤が言った。
 そうか。居間からは、玄関も階段も見渡せる。私が逃げ出さないように、見張っているというわけだ。
食器を洗い終えて、2階の客間から寝具を運んだ。
「そうだ、シーツは地下の倉庫にあるはずです。」
私はそう言うと、地下に下りた。2人もついてきた。ああ、もう、鬱陶しいな、と思いながらリネン室に入り、シーツやカバー、それにバスタオルなどを2人に手渡した。2人が階段を上って行こうとした時だった。私がリネン庫のドアを閉めていると、
キイイ
どこかでドアの開く音がした。風がすっと通って行った。
私は地下倉庫の突当りを見た。等身大の曽祖父の肖像画が飾ってあるほかは、何もない。
 「どうかしたんですか。」
階段の途中にいた三瓶が尋ねてきた。
「いいえ。別に。きっと、気のせいだわ。」
 と、私は答えた。それから私はこう言った。
 「お風呂を用意します。浴室は2つあります。2階のは私が使います。1階の浴室をお二人で使ってください。」
 「いや、お世話になります。」
 「どうもすみません。」
 「いいえ。では、おやすみなさい。」
 私は2人にそう言うと、2階に上がった。ああ、ようやく一人になれる!私はかつて自分が使っていた部屋に向かった。2階の一番隅にある部屋だ。私はその部屋のドアを開けた。
 10年前、私が出て行った時と、何も変わらない部屋がそこにあった。古いベッドとチェスト、小さなデスクだけの部屋。ここだけ、時間が止まっていた。ここはかつてメイドが使っていた部屋なのだ。
 窓には雨が打ち付けていた。漆黒の森がざわざわと揺れていた。
 明日、私はあの森に行く。2人の刑事とともに、初めてあの森に入る。あの、忌わしい森の中で、私は自分の無実を証明する何かを見つけることができるのだろうか。
そんなことを思って、私はしばらく闇の中の森を見つめていた。
作品名:千に一つの青い森 作家名:古い歯ブラシ