ゴキブリ勇者・カズキとマリ編
「私の最初の記憶は三才の頃よ。
私は父親の母親に会った。
そうして言われたの。「アンタの父親には金を沢山貸してるのに、よく平気な顔をしていられるな」ってね。
私は必死で謝ったわ。
でも、あとで思ったけど、私の父親ってアンタらの息子じゃん!
なんてバカみたいなんでしょーね、ホントに」
俺はなにも言わずに聞いていた。
マリはケラケラと笑っていた。
「私は幼稚園でピカチュウの貯金箱を作った。自信作だった。
でもね、両親が怒鳴りあって喧嘩してる時、ぶん投げちゃったのよ。
誰もいない方向にね。
そうしたらピカチュウの耳とれちゃった。
両親はいがみあってる最中だったから、二人とも味方をしてくれなかった。
私は貯金箱を捨てた」
俺は話の内容よりも、マリの顔から目を離せなかった。
マリはずっと笑っているのに、深く傷ついた目をしていた。
「私が四才の頃にね、母親は自転車で出ていった。
外はもう真っ暗で当時暗闇が怖かった私は、ほとんど追いかけられなかった。
でもね、家の外には出たんよ?
今でも母親のあの後ろ姿が忘れられない。
しかも、私は父親に鍵をかけられるんじゃないかって怖くて、玄関から動けなかったの。
どんな家庭内状況よねー」
俺はずっと気がついていたが、マリは自分の親のことを母親や父親と呼んだ。
それはとてもよそよそしく、聴いてる俺まで胸が痛かった。
「だけど、母親は帰ってきたんよ。
離婚するために帰って来たらしいけど、その母親を捕まえて父親は言った。
「今度は俺の番だ」って。
父親は勝手に母親のアパートに住み着いて、一人暮らしを始めた。
しかも家賃が払えなくて家に帰って来た。
その時に、父親は私が幼稚園で作った鍵をかけるボードを持っていってたんだけど、大家に処分されたって。
色々となにこれーと思ったわ」
軽快に話すマリは笑顔を崩さない。
俺は泣いていいと言ったけど、マリは泣かなかった。
「でもね、それでも私は父親が好きだった。
父親が世界の中心だった。
だから、父親に従って母親に暴力をふるった。
指示されてなくても、なんでもないことでも母を蹴った。
そうしたら、母親はあっさり死んじゃった。
本当は病死だったとか後から言われたけど、信じられるわけないじゃん?
混乱した私は父親と不倫相手を刺し殺した」
「マリ……」
どこまでも傷ついた顔で、マリは笑い続ける。
「私ねー、一回だけ優しい人に全部相談したことがあんの。
その人はうんうんって親身になって聞いてくれた。
だから、私も無理して笑ったわ。
そうしたらその人は「楽しかった」って。
物凄く気を使った上で出てきた言葉なのは分かってた。
でもね、私の話は楽しかったんだってさ。
笑っちゃうでしょ?」
「それは……相手の方が悪いと思うぞ」
「いいんよ、そんな言葉が聞きたい訳じゃないから。
みんなそんなもんなのよ。
知らない世界のことは理解できない。
本当にそこで苦しんでる人間がいるなんて、想像も出来ないんだから。
私にはうわべだけの同情で十分」
「なぁ、マリ。聞いてくれ。
俺にもマリの気持ちは分からない」
おっさんがギョッとした顔をしたが、俺は無視した。
「でも、真剣に聞くから。俺はマリのことを出来るだけ理解したいと思ってるから」
マリはまたケラケラと笑った。
「アンタ、もしかして私のこと好きだとか言うわけじゃないよね」
俺はなにも言い返せず、マリの顔を見るだけだった。
作品名:ゴキブリ勇者・カズキとマリ編 作家名:オータ