ゴキブリ勇者・魔王と手下編
森は静かだった。
時折なにかが動き回る音が聞こえるが、襲いかかってくるわけでもない。
いっそヘビでも襲いかかって来てくれれば楽なのに、と俺は思った。
そう考えている内にも手はテキパキと動き、準備は整った。
もう、これでなにも悩まなくて済む。
長かったなぁと俺は笑った。
「辛いことも楽しいことも、色々あったけど、わりと良い人生だったよ」
俺は目を閉じる。
そして、ぶら下げた縄に体重を預けた。
辺りは相変わらず静かで、なにも聞こえない。
なにもーー。
「おい……!おい!」
はっと目を覚ますと、あの人の顔が俺を覗きこんでいた。
俺は助けられてしまったと、すぐに悟った。
珍しく泣いているあの人に向けた言葉は、自分でも驚くほど刺々しかった。
「なんで、余計なことするのよ。こんなこと頼んでないでしょ」
あの人はなにも答えず俺に抱きついた。
ずっと望んでいたかもしれない瞬間を、俺は苦々しく受け止めた。
これ以上、まだ俺は苦しまなきゃいけないのか。
俺はあの人を引き離した。
「いい加減にしてくれないかな。
俺はもう疲れちゃったのよ。君と一緒にいたくないの。
なんでそんなに俺を苦しめたいの?」
あの人の顔が辛そうに歪む。でも、俺の口は止まらなかった。
今まで自分と向き合ってこなかったツケが回ってきたのかもしれない。
「両親が死んで、俺は妹と取り残された。
俺は必死に頑張ったよ。それでも、お金が足りなくて畑から野菜を盗んだこともあった。
一回、芋を盗んだとき切ってみたら中が紫だったのよ。
どれを切っても紫色だったから全部捨てちゃった。
でもね、あとから知ったけどそれって紫芋っていう品種だったんだって。
ホント笑っちゃうでしょ?」
俺はベラベラと意味のないことを話続けた。
どうしても止めることができない。
俺も限界だったのだと、ようやく気がついた。
「俺は妹が一人立ちするまで面倒を見ようと思ってたんだ。
でも、俺はどうでもいいことで妹とケンカして、何日も妹を無視した。
そうしたら妹は突然子供が出来たって。
まだ十代なのに、妹は妊娠しちゃってさ。
出来ちゃった結婚ってやつ?
でも、幸せならいいと思ったんだよね。
なのにさ、妹は離婚しちゃってさ。
俺から逃げた先の男はクソヤローで、妹は子供を守るために離婚を決めたのよね。
全部俺のせいなの、ウッソーって思っちゃったわけ」
俺はどこかが壊れてしまったらしい。
なのに、涙は一滴も出なかった。
「俺の唯一の心残りは君だけだった。
君ともう一度話して謝れたら、それで十分だった。
なのに、君は記憶を失ってて、俺は超ショック!
俺のこと恨んでくれないんだもん。
しかも、俺のこと仲間みたいに扱うしさ、もう耐えられないんだよ」
俺は君が死ねと言ったらいつでも死んだのに。
そう言うと、あの人はもう一度俺に抱きついた。
状況が理解できなくて、俺はヘラヘラと笑った。
「俺ね、ホントに疲れちゃったの。
でも、君に謝るまでは死ねないと思ってた。
だけど、もういいかなって。
もう、自分を許してもいいでしょ?」
あの人は抱きついたまま、小さな声で言った。
「死なないでくれ……」
涙で掠れたその声は、精一杯絞り出したような声だった。
しかし、俺は笑った。
「俺のためを思うなら、死ねって言ってよ。お願いだから」
けれど、あの人は俺から離れなかった。
仕方がないので、俺はそっとカプセルを取り出した。
これで終わりだ。
「おい!」
体がガクガクと震える。
体温が急激に下がって、俺は浅い呼吸を繰り返した。
霞んでいくあの人の姿を見たくなくて、俺は目を閉じた。
作品名:ゴキブリ勇者・魔王と手下編 作家名:オータ