ゴキブリ勇者・魔王と手下編
「お前らなぁ、そんな綺麗事ばっか並べてどうすんだよ。
さすがの俺もげんなりだわ」
少し言い返したくなった私は、魔王を睨み付けた。
「ふざけるんじゃないよ。なにが綺麗事なんだ。
私をアイツのことを思ってるからこそ、アイツを止めたくないんだよ。
それだけだ」
「だから、それがアホくさいっつってんだよ。
必要なことは、生きててほしいのかどうかってことだけだ。
それ以上に大切なことなんかねぇよ!」
突然、魔王が私の手をとった。私を外へ連れ出すつもりなのだろう。
「やめろ!離せ!ぶっ飛ばされたいのかい!?」
「殴りたきゃ殴れ!そうしたら俺だって殴り返してやる!」
私は構わず魔王を殴り飛ばした。
すると、身をひるがえし、本当に魔王は殴りかかってきた。
驚いた私はギリギリのところでかわし、魔王から距離をとった。
「さっちゃんが理解しねぇなら言ってやる!
俺はお前らが死んだ時、お前らを生き返らせようとしたんじゃなくて、世界を滅ぼそうとしたんだ!」
全くの初耳だったので、私は動揺した。
「世界を滅ぼすだって?お前、まだそんなこと本気で言ってたのかい?」
「ああ、そうだよ!そのための装置も完成してた!」
魔王が再び殴りかかってくる。
私はさっとよけて、また距離をとった。
「だけど、勇者が止めてくれたんだ!
仲間と一緒にいたいかどうかが大事だって!
本当は俺はさっちゃんを生き返らせていいのか、怖かった。
でも、勇者が言ったんだよ。人間なんて身勝手なものだってな!」
蹴りつけてくる足を掴み、私は床へ叩きつけた。
魔王は鼻から血を垂らしていたが、目の光は変わらずに強かった。
「私はもう身勝手にはなれないんだよ。
今まで十分に身勝手に生きてきたからねぇ。
アイツを縛り付けてねぎらいもせず、ずっと苦しめてきたんだ。
これ以上、アイツになにかを望めるはずないだろ」
「でも、さっちゃんはアイツのことが好きなんだろ!」
魔王のまっすぐな言葉と拳が私の頬にめりこんだ。
こんなに痛いと思ったのは産まれて初めてだ。
「ふざけんじゃないよ!」
私は魔王を蹴り飛ばした。
芋虫のように腹を抱えてうずくまる姿を、罪悪感にさいなまれながら見下ろした。
「私がアイツを好きだったらなんだって言うんだい。
アイツをもっと苦しめる権利があるとでも言うのかい?
アイツはもう私のせいで十分苦しんだんだ」
「アイツだって同じことを思ってるよ……」
うめくように魔王は声を絞り出した。
「アイツは、さっちゃんに対しても同じこと思ってる。
俺にだって分かんのに、なんでお前らはすれ違ってんだよ……」
魔王は床を這いずって、私の足首を掴んだ。
「さっちゃんが探しに行くって言うまで離さねぇ……死んだって離さねぇぞ」
「なんでそこまで……。お前が抱えるものじゃないだろ?
お前が苦しむことないじゃないか」
「俺はさっちゃんのことが好きなんだよ。本気で好きだ」
突然の告白は、私は聞きなれたものだった。
なのに、胸がざわつくのはどうしてなのだろう。
「だから、俺はお前らのことがほっとけねーんだ。
絶対後悔するから……止められんなら止めてやらなきゃいけないんだよ。
俺はかーちゃんを止めてやりたかったから……どんなに苦しい人生でも生きていて欲しかったから……!」
魔王は体を床から引き剥がし、私の腕を再び掴んだ。
「それに俺は三人で一緒にいたいんだ。
三人でどうでもいいこと言って、笑いたいんだよ。
ずっとじゃなくていい。だけど、今はそうしたいんだ」
体を引きずりながら、魔王は私の腕を引いた。
思ったよりその手は力強くて、私は抵抗出来なかった。
しかし、突然動きが止まる。
魔王は城の外に出ることは出来なかった。
「どうした?」
「遠くまで追いかけるなら……俺はお面がないといけない。
だから、さっちゃんは先に行ってくれ。
すぐに追い付くから」
私の腕を離す手は微かに震えていた。
「……大丈夫だよ。お前の顔は見れないほどじゃない」
「分かってるよ。でもな……俺は無理なんだ」
ボロボロに傷ついた顔で、魔王は笑った。
そして、私を取り残し奥に消えてしまった。
魔王の母親は息子の顔が理由で自殺したのだと、他人事のように話すのを聞いたことがある。
でも、私たちの前では魔王は面をつけなかった。
魔王にとって、面を外せるのは私たちしかいないのだ。
アイツの後を追いかけなければいけない理由を、やっと見つけることができた。
「必ず見つけてくるから……お前はここで待ってな!」
私は勢いよく扉を開けた。
すぐに魔法を使って、アイツの後を追う。
どうか間に合ってくれと祈るしかなかった。
作品名:ゴキブリ勇者・魔王と手下編 作家名:オータ