ゴキブリ勇者・魔王と手下編
「どこへ行こうと関係ないでしょ。まっちゃんは部屋へお戻りなさいな」
いざとなれば、瞬間移動をしてしまえばいい。
俺は魔王様が作った装置を手にしながら、再び森へ歩きだした。
「お前がそのままいなくなるなら、さっちゃんを起こすぞ。いいのか?」
俺はふっと笑った。
「好きにしなよ。俺だってそう簡単に見つかる気はないから」
半分はハッタリだが、半分は本気だ。
俺はもうあの人に見つかるわけにはいかない。
あの人と一緒にいるわけにはいかない。
これ以上、あの人の人生の重荷になるわけにはいかなかった。
今ここでいなくなる権利があるかは、俺には分からない。
今までの行動が贖罪になったかどうかも、分からない。
でも、俺ももうそろそろ自分を許したいのだ。
全てを終わらせる権利があるんじゃないかな、とやっと思えるようになったのだから。
「じゃあね、まっちゃん。あとのことは頼んだよ」
俺は装置を起動させた。しかし、瞬間移動は出来なかった。
「お前の装置は俺がぶっ壊した。お前が死んだ時にな。
もう二度とお前を死なせる訳にはいかねぇからよ」
俺が命を投げ出したあのときから、本当はそう何日もたっていなかった。
あのときは、勇者様が大泣きして、俺たちは呆然として、気がつくとピエロを助けに行っていた。
自分が死んでいたことも忘れるほど、俺たちを取り巻くものが騒がしかった。
しかし、今は静かだ。鳥の鳴く声すら聞こえない。
俺は魔王様に背を向けて歩き出した。
「なぁ、なんでそんなに死にたがるんだよ。俺にはさっぱり分からねぇ」
「別に大した理由はないよ。
けどね、俺はあのときに死ぬはずだったの。
あの人を助けて、それで俺の人生は終わるはずだったんだ。
今まで十分過ぎるほどわがままに生きてきたしね。
未練なんてなにもなかったのよ」
今だって、俺には未練なんて少しもない。
最後にあの人が笑ってる姿を見れたから、それで満足だった。
それが無理をした作り笑いであっても、俺はそんなことは気にしないのだから。
「もう、俺には死ぬ権利ぐらいあると思うんだよね。
今まで必死に生きてきたじゃない。
俺って超頑張っちゃったでしょ?
だから、もうほっといてくれないかな」
つかの間の幸せを俺は手に入れていた。
あの人といる時間はとても輝いていた。
その分濃い影ができても、俺は気にならなかった。
だから、もういいんだ。
「まっちゃん、風邪引いちゃうから戻りなよ。
俺のことなんか気にしないでいいからさ」
タタタッと軽い足音が響いて、魔王様の声は聞こえなくなった。
きっと城の中へ戻ったのだろう。
俺は振り返らないまま、森の中へ歩を進めた。
もう月の明かりは届かなくなった。
作品名:ゴキブリ勇者・魔王と手下編 作家名:オータ