ゴキブリ勇者・魔王と手下編
「あーあ、なんで私にババを引かせるかねぇ」
「俺はちゃんと誘導してあげたはずだよ?出っ張ってるのを引くから、そうなるのよ」
「サイテーだなお前。ってことで、お前が罰ゲームな」
「横暴だなー。罰ゲームってなによ」
「お前の名前を教えてもらう」
「俺の名前?」
「ああ、ちなみに俺はマサトだよ」
突然のカミングアウトに驚く暇もなく、俺は偽名を考え始めた。
別に本当の名前を教えたって、なにもおこらない。
きっと、あの人だってなにも思わない。
けれど、俺はなぜか本名を言うのをためらった。
「俺の名前はなにがいいかなー。サエモンノジョウ景虎とかカッコいいよね」
「バカか。本名を教えろよ」
「魔王様ならとっくの昔に調べがついてるでしょ。なんで今さら」
「お前の口から聞いておきたいんだよ」
「ははっ、それどんな口説き文句?」
乾いた笑いを響かせて、俺はトランプを置いた。
ふと気がつくと、魔王様は真剣な顔をしていた。
あの人は、空を見ているようだ。
でも、俺はどこまでいっても適当な人間なので、二人の表情には気がつかないふりをした。
「あれ、今日のご飯の担当は誰だっけ?まっちゃん?」
「ちげーよ。今日はさっちゃんの日だ」
「さっちゃんはやめな、バカ」
さっと起き上がるあの人に笑顔を向ける。
今日があの人の当番だと、俺は知っていた。
知っていたからこそ、今日にしたのだ。
最後のご飯はただの野菜炒めだったが、俺には十分だった。
「じゃあね」
少ない荷物をまとめて、俺は魔王城の外に出る。
月が綺麗に輝いて、静かな光が辺りに満ちていた。
自分の足音だけが響く中、俺は月明かりを避けるように森へと向かった。
そんな俺の背中に、子供の声が突き刺さる。
「どこへいくつもりだ」
怒気をこめた落ち着きのある声は、少しだけ魔王の風格を感じさせた。
作品名:ゴキブリ勇者・魔王と手下編 作家名:オータ