すれ違い電話
実乃梨は長年通い慣れた通学路を逆に歩き、実家に辿りついた。今日は両親も妹もいない。まだ早い時間なのでみんな仕事や学校なので無理もない。だが、出迎えがない帰宅の方が実乃梨にとって気が楽だった、それくらい気兼ねなく帰れる家の方がいい。
「ただいま、って言ってもだーれもいないんだった」
一人で迎えのない玄関で靴を脱ぎ、実乃梨は静かに廊下を進んだ。リビングに通じる廊下の途中、暗い中で一つだけ小さな薄赤色のランプがコチコチと点滅している。留守番電話のメッセージが入っているようだ。最初に気付いた者が聞くのが工藤家のルール、実家を離れた実乃梨も当然含まれる。
「誰からだろう……」
実乃梨はそう言いながら喋りたそうなテンポで光るボタンを押して、今まで塞いでいた電話の口を開放させてやった。
「実乃梨?」
「誰……?」聞きなれない女性の声。どこか落ち着いた感じの年の頃なら中年かもしくはそれ以上だろうか。
そして、なぜ自分が実家に帰っていることを知っていたのだろう。どこかで聞いたことあるようでないその声にはなぜか優しさと親近感を覚え、詮索すると言う気より続きを聞いてみたくなりそのまま耳を傾けた。
「いつ聞いてくれても全然構わないんだけど。
今は忙しい時あるけどそれはそれで充実してます」
「何言ってんだろう、この人?」内容が繋がらない言葉に実乃梨は首を傾げた。しかしその声には悪意が感じられず、途中で切ろうとは思わなかった。
「これから大変なことが続くだろうケド、
その経験があるから強くなれる。
頑張れ、実乃梨!へたっちゃダメだよ、じゃね!」
その後無音で再生が続いている。実乃梨はその声が誰なのか自分の記憶を辿って探してみた。名前で呼ぶくらいだから声の主は私を知る人物だろうけど、皆目見当がつかない。これから大変な事が続くって言うけど、それは自分のこと?この人のこと?主語のハッキリしない言葉に実乃梨は頭でまとめることが出来なかった。
「誰だろ……?」
メッセージはそんな実乃梨の頭の中などお構いなしに、感情の無いアナウンスを最後に流したあと空しく切れた。
メッセージの再生を終了しました――。