すれ違い電話
実乃梨は一週間の休暇をもらい実家に帰省することにした。結婚は人生での大きな選択であることはよく分かっている。就職と結婚は良く考えてしなさいよと両親や祖父母にもよく言われた。
一人都会に出て、そして近くに相談が出来る友人が少ない環境では正しい判断はなかなか出来ない。実家へ向かう列車の中で、実乃梨の顔色は次第に色が良くなってきた。
学生時分の友だちに連絡すればすぐに友だちが集まる。同じゼミだった響子と里見は地元に帰ってきた実乃梨を迎えて久しぶりの再会を喜んだ。三人は学生だった頃のようにはしゃいでは、近くの店に入って小さな女子会を始め出した。
「ミーさん、玉の輿に乗るんだって?」
「エエなあ」
最初に話題になるのはやっぱり実乃梨の結婚話だ。それも相手が社長の御曹司というのだから響子たちがそれに触れないはずがない。
「だからぁ、まだ決めたわけじゃあ、ないのよ」実乃梨は運ばれてきた甘い酒に口を付けた「親とも相談して、答えを出すために帰ってきたんだよ」
「玉の輿に乗るのになにか不具合って、あるの?」
「ないっちゃ、ないけど。あると言えば……不釣り合いなのよ。身分が違うっていうか……」
「そんなの贅沢な悩みじゃん」
即座に入る二人のツッコミ。一瞬実乃梨は目を逸らしてグラスに口を付けて考え直した。おうむ返しで言ったけど、本当の理由はそれだけじゃない。
目の前でモジモジしている実乃梨にしびれを切らした響子は彼女の様子の変化を察知し目で実乃梨の動きを封じ、
「これは、何かワケアリだな?」
さらに里見が追い打ちをかける。お互い長年の付き合いなので、実乃梨の仕草でおおよそ分かる。そして問い詰めると隠しきれないことも――。
「まだ、してないの」
「何を?」
「そこ問いただすトコロじゃない」
二人は揃えて大きな声を出すと実乃梨は周囲が恥ずかしくなって周りをキョロキョロ見回した。
「でも、それはその時まで取って置きにしてるということで……」
「それだけ大切にされてんだ」
「社長の御曹司だよ。スキャンダルを避けてるんだよ」
「愛されて嫁ぐことに問題なんて、ないよ」
結局は嬉しい悩み事だと結論付けられた、実乃梨もそういわれることに一理あった。確かにそうだ、それ以外に不安な点はなく、これ以上話を進めれば逆に呆れられるとさえ思うようになると何も言えなくなっていた。
* * *
「それでは、あたしからも重大発表!」
食事も落ち着き、話題も一通りまとまって静かになりかけたところで、響子が手を上げた。
「実はね……、あたしも今度結婚するんだ」
「えーっ!」
一斉に身を乗り出した実乃梨と里見。結婚話は実乃梨だけと思われていた雰囲気だけに二人とも目を丸くした。相手はアメフト部のキッカーだった丸山理志だ。学生の頃からずっと続いていたのだった。
「それでね、今度あらためてウチのダーリンと愉快な仲間たちを紹介したいんだけど、どう?」
「『どう?』って…」見当がついたのか里見は笑う。
「その『愉快な仲間たち』って、やっぱり……」
実乃梨が問いただすのを待ってたかのように響子はすかさず切り返した。
「会いたかったんでしょ、クーさん」
「えっ?」実乃梨の声が詰まって何もいえなくなった。
「ああ、図星だ」
「だってさっき眼が動いたもの」
とっさに目を逸らす響子から実乃梨。その先に待っていたのは里見の顔だ、それを知って実乃梨の逃げ道に立ち塞がっている。
三人は旧知の仲だ。学生の頃、誰のことが気になっていたことは言わなくても知っている、そしてその後も。
「当然の成り行きだけど、呼んじゃうよ。ゼロさん」
「会って、区切りをつけよう。ミセス実乃梨」
実乃梨は何も答えることが出来なかった。自分の中で椎橋玲士という男は完全に忘れたいた人物ではない。むしろ頭のどこかでずっといる人物で、そもそも互いに積極的な方でないからどちらも何も言わないままフェードアウトしたのがここにいる者たちの共通認識だった。
「そうだね――、区切りは付けた方がいいかもね、ホントに」
響子たちに指摘され初めて気づいた正体不明のモヤモヤ。確かにそうかもしれない、人の妻になるのならそこはしっかりと区切りを付けた方がいいと実乃梨は思った。