すれ違い電話
「いらっしゃいませ――」
カウンターの向こうから白髪の老紳士風な店主が実乃梨を迎える。店は確かに古いが綺麗に清掃された、埃ひとつ付いておらず、実乃梨が最初に来たときからまるで時間が止まったように変わっていない。店から涌き出るように発生する雰囲気に呑み込まれ、実乃梨の中で流れる時間はゆっくりとこの店に合わせられていた。
「おや、今日はお一人でおいでですか?」
店の内装同様に、あの頃から全く変わっていない店主がカウンターからしゃなりと歩き出て実乃梨を出迎えた。
「何か、言いたいことがおありのようですね」
「はい」実乃梨はすぐに返事をした。店主に心の中を読まれてるようだと思ったとしても、それでも構わなかった。
「気になることがあるんです」
「何をでしょうか」
「私も伝言に返事がしたいんですけど」
「そうですか――」
店主は会釈してカウンターの裏に回ると、その端にある赤い電話機に手を向けた。
「これの、事ですね」
「はい――」
実乃梨は迷わずに受話器を取って指定された番号をダイアルした。すると、記憶の向こうから時間を泳いでここまでやって来たような自動音声が流れてきた。目で店主に会釈をして頷くと、実乃梨は神経を耳に集めた。
「あなたがお受けになった伝言は
……2……件です。
1……件の伝言に返事が出来ます。
伝言をお聞きになる方は……1……を、
返事を入れる方は……2……を」
実乃梨は迷わず2をダイアルした。頭の中で自分でない自分が現れて、自分の意思で動いているのかわからなくなった。
そして、受話器から音声が止まるとノイズに変わって少し経つと、本番を示すピーッという音が鳴り、今まで何も思い付くことのなかった言葉が脳内で焼き印を押されたように言葉が浮かび上がると、ひとりでに唇が動いた。
「実乃梨?」
「いつ聞いてくれても全然構わないんだけど。
今は忙しい時あるけどそれはそれで充実
してます」
「これから大変なことが続くだろうケド、
その経験があるから強くなれる。
頑張れ、実乃梨!へたっちゃダメだよ、
じゃね!」
受話器を外すと実乃梨は我に返った。不思議な自分でない自分がどこか、もしくは記憶の向こうに消えていった。眼前で自分を見守る店主を見ると、実乃梨は自然に再び受話器を当てて、小さく呟いた――。
「それと、ありがとうね、わたし」
そう言い残して受話器を外したとほぼ同時に時間をつなぐ空間は小さなピーッという音で閉ざされていった。
メッセージをお預かりしました――。