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すれ違い電話

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「ありがとう、ございました」
「ほう、確かに、返事はできますな」
「そう、でしょう?」実乃梨は受話器を電話機に置いた「ずっと、気になってたんです。突然頭に浮かんだり、消えたり――。私が昔に聞いた伝言。それがこんな形で伝言を入れることも不思議なものですね」
「そうですね。生きていると説明の出来ない不思議なこともあるものです」
 店主はほほと笑うと、通りに面した窓から柔らかい陽光が姿を現して入ってきたような気がした。光は壁に懸けた時計の振り子に当たると、ボーンと音を立てて時間と空間を切った。

「主人と子供たちが待っているので失礼します」
「そうですか」
店主は深々とお辞儀をすると、実乃梨はもう一度お礼を言って返礼をした。
「また、来てもいいですか」
「もちろんですとも。ただ、今のあなたに私が提供できる商品があるかと言えば些か難しいところですが――」
「それは、どういうことですか?」
頭を上げて問い直すが、店主の顔を見て続きを言うのを止めた。
「お困りの事があれば、お越しください。あなたに合うものをご用意させていただきます」
 店主が言い終わらない間に店内を勝手に見回りをしていたぶちの猫がカウンターに戻り、間を切るように鳴き声をあげ、後ろ足で首元を掻いている。店主は表情ひとつ変えずに実乃梨の顔を見つめていた。
「ありがとうございます」
実乃梨は店主の言わんとすることがわかりチラッと時計を見ると、今ごろ駅で合流を待っている夫や子どもたちの顔が浮かび上がり、次にすることが見えた気がした。
「おきをつけて、ごきげんよう」
 去り際に声を掛ける店主に実乃梨は最後に会釈をして店を後にした。戸のベルの音と重なるように、ぶちの猫がもう一度鳴く声が聞こえた――。

   * * *

 実乃梨は三猿堂の戸を閉めて前を向いた。冬の空、空気は寒いが吐く息が白くちりちりになると、実乃梨の頬はほんのり赤くなった。すると唇が横に伸び、外の明るさに自然に目が細くなった。

「いいこと、ありそう!」
 実乃梨は両手を天に突き上げ大きく伸びをして、空に向かってそうつぶやいた。
 住み慣れた町の、何度も通ったこの町の通りは多くの人や車が往来し、そして四方八方からいろんな音が混じって聞こえる。そして町の空は遠く透き通るように青く、陽は燦々と照っていた――。

      すれちがい電話 おわり
作品名:すれ違い電話 作家名:八馬八朔