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すれ違い電話

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「返事、ですか?」
 もし、推察が当たっているなら、返事をしたところで伝わるはずがない。自分に伝言を残してくれた人は遠い昔にいて、電話で伝えられるようなところにいない。
「はい。既に伝えたものはできませんが、時間に関係なく伝わるようです。それで確認をしてみれば……」
 玲士の頭の中を見ていたかのように店主は小さく微笑んだ。以前のあの時の表情がありありと思い出された。あり得ないことなのに彼の顔には嘘の欠片も見当たらない。
「いかが、されますかな?」
「は、はい。そりゃあ、モチロン」
 玲士に選択肢はなかった。半信半疑で受話器を手にして指示された通りの番号をダイアルした。すると、数回のコールのあと心の無い電子音のアナウンスが流れ出し、玲士に話しかけた。

  「あなたがお受けになった伝言は……2……件です
   1……件の伝言に返事が出来ます。
   伝言をお聞きになる方は……1……を、
   返事を入れる方は……2……をダイアル……」

玲士は迷わず1をダイアルすると、声が途切れてノイズに変わった。

   「おお、玲士か?ワシじゃ」

「じいちゃん……?」
ノイズが切れてすぐに聞こえた受話器からの第一声に玲士が驚いて店主の顔を見ようとすると彼は目を逸らした。次の声が聞こえて、神経を耳に集中させた。

   「どうじゃ、部活頑張っとるか?」
   「これからも大変なこともあるんじゃけんど、
    わしゃいつも玲士を応援しとるでな」

 細かい仕草は覚えていないが、それは玲士が大学を出て下宿を去る最後の最後で聞いたあの時の伝言そのものに間違いなかった。あの時、あの場所、あの場面で聞いた記憶がありありと頭の中で甦った。
 その時も既に祖父は亡くなっていた。亡くなったのは怪我でシーズンを棒に振った2年生の秋のことだ。
 次の記憶が甦った。今度は、実家から知らせを聞いて急いで帰り最期の最期で祖父に会えたことを思い出させ、自然とポロポロと涙がこぼれてきた。
 
   「お前は人がいいから何でも遠慮しがちじゃけど、
    本当に思ってることは譲っちゃあ、いかんぞ」

   「ありがとうな、ありがとうな」

    ピーーーーッ
    再生が終了しました

 声が聞こえなくなると、玲士は頭を上げた。そこには実乃梨が玲士の様子を見守るようにしっかりと見つめている。
「あぁ――」

    伝言を入れる方は発信音のあと、
    メッセージをどうぞ

準備をする間もなく無情な声は玲士に即座の決断を迫る。脈は加速し、現役の頃の第4ダウンの瞬間を思い出すと、玲士の目に気が入り、微細に動いていた瞳がピタッと止まった。

    ピーーーッ――  

「じいちゃん、ありがとう。僕は、大した選手にはなれなかったけど、じいちゃんの言う通り大事なことは譲らなかった。あの時の忘れ物を取り返せたよ。僕は、今幸せです。ありがとう、これしか言えないけど、ありがとう」

    ピーーーッ――

   * * * 

 頭の中で自分の記憶をが再び強制的に再生された。思い出したのは祖父の最期のあの時、祖父は玲士の手を取って
「ありがとうな、ありがとうな」
と言ったあの時だった。
 あの時は祖父の命の火が消えかかる瞬間だったうえ、会話などできるような容態でも時間もなかった、だから言葉のキャッチボールが上手にいかなかっただけと思っていたが、たった今あの時に感じたズレがの原因がわかった気がした。
「あれは、今僕が吹き込んだ声を聞いたからだ……」
 確証はない。今さらそれを裏付けることなんかはできやしない。でも、玲士の頭の中で浮かんだ記憶の映像がそう考えることですべてのパズルがそれぞれと手をつないで一つにはまったように、現実に見える世界がパッと明るくなった。

「よろしいですか?」
受話器を耳に当てたまま電話機を見つめている玲士の顔を見て店主が言った。
「はい……ありがとうございます」
 受話器を置くと、チンとなるベルの音が小さい店内に響いた。玲士が頭をあげると、横から実乃梨が全く動じないまま自分を見続けている視線に気付いた。
「ゼロさん……」
「実乃梨……」
「いいんだよ。今だけはおじいちゃんの可愛い孫になっても。私じゃつとまるかは疑問なんだけど」
 目を大きく開いて両手を広げる実乃梨を見て玲士は一度頷いた。それを確認してゆっくりと頷く実乃梨。玲士は店の中であることを忘れて目一杯強がって見せる妻に抱き付いた。そして、声を殺して嗚咽を抑えた――。

作品名:すれ違い電話 作家名:八馬八朔