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すれ違い電話

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 次の日、二人は定休日には町へ繰り出した。
 そうでなくても休日は何をするでもなく二人で町に出て通りを闊歩するのが日課のようになっていた。学生のあの頃は部活に明け暮れてできなかった青春を取り戻すかのように、互いの休みはいつも――。
 ここを通り過ぎる人なら何でもない風景が、ゆっくりと街を練り歩く二人には新しい発見がある。今日に限っては、ある店を探すつもりだったが訪ねる宛が分からずに結局は普段通りの足取りになっていた。
「どうだろう、見つかるかな?」
「探して見つからないなら、探さないでいようか?」
「まあ、ゼロさんったら――」
 二人連れが行き交う通りを歩くと、玲士たちも町の風景の一部に同化していつの間にかどこをどう歩いているかは気にならなくなっていた。

   そして――

 二人が歩いていたその途中、街の真ん中に以前からそこにあるのに、ゆっくりと歩く者にしか気付かれないお店はそこに、あった。 
「ここだ」
玲士はその店の前で足を止めて大きく深呼吸すると、繋いだ実乃梨の手もワンテンポ遅れて止まった。
「うん。ここだ。私も思い出した――」
「『三猿堂』だ――」
 二人は店の看板と欄間に彫られた見ざる言わざる聞かざるの三匹の猿を見上げた。
 ここが町と呼ばれる前からずっとあったようなたたずまい。時間のズレはあるが、二人は確かにここへ入ったことがある。いつ、どんな時、そしてここで何をしたのかもしっかり覚えている。
 しかし、この店の存在は、何度もこの前を通っているはずなのに二人の頭に同時に浮かび上がるまで一切記憶の中に存在していなかった。
「入りましょううか」
「そうだな」玲士は横にいる妻の横顔を見た「ここまで来て入らないという選択肢は、ないよな――」
 二人はもう一度深呼吸して迷わずその店の中に入った。

   * * *

「いらっしゃいませ――」
 二人が扉を引くと、時代から取り残されたような風景がそこにある。白髪の初老の店主が二人を出迎えると、あの時の記憶がまたひとつ繋がった。
「おや……」
店主は眼鏡の縁を一度触れて二人の顔をじっと見つめる。
「何年前でしたかな、以前ここに来て下さったのは」
「覚えてるんですか?」
玲士たちは目を丸くして答えた。
「そりゃあ、覚えておりますとも。何せそう客の来るお店ではないもので……」
 ホホホと笑う店主の横をぶちの猫が通り過ぎ、後ろから二人の様子を窺ってこちらを見ている。あの時からこの空間だけは時間がまるで経っていないようだ。
「すれ違い電話をご利用になりましたね」
3人の視線が古ぼけた、今も使えるのかわからないような機械に集中した。
「あの、その『すれ違い電話』なんですけど」
「いかがでしたか?」
「いえ、そうじゃなくて」玲士は質問に答えずに、まずは頭の中から出たがっている気持ちを言葉に変えた「ウチの祖父が以前に利用しませんでしたか?」
「いつのことでしょうか?」店主はまばたきをして会話に一拍を置いた。
「申し訳ありませんね、記憶力はいい方なのですが、私はもう覚えておりません」
二人はさっき言ったのと真逆の言葉に気付いたが、互いに目を合わせてそれを問い正したりはしなくてもいいと思った。
「それでは、このすれ違い電話で確認をすればいいでしょう」
玲士たちの目が店主に集まると、さっき離れていった猫も店主のところに戻ってきた。
「この電話は未完成で、思いを伝えられるのは一人につき一度だけだそうです。しかし――」
「しかし?」
 一瞬だけ時間が止まった。そして、カウンターの上で店主の脇にいる猫が両前脚を前に出して大きく伸びをすると再び時は動きだし、店主はゆっくりと口を開けた。

「いただいた伝言に返事ができるそうです」

作品名:すれ違い電話 作家名:八馬八朔