すれ違い電話
次のシリーズ、この日のために多彩なプレーを用意してきた東鳳であるが、試合終盤になり消耗も激しく次第に攻撃が進まなくなっていた。懸命に踏ん張る西央ディフェンス、この日初めてのインターセプトで残り2分、敵陣30ヤードの地点で攻撃権を奪い返し、青のスタンドはさらに騒ぎ出した。
「俺たちで、決めようじゃないか。なあ、トビー」
「ああ――」
サイドラインで腕組みをして戦況を見る玲士は隣の宗輔に問いかける。歓声で隣の声すら聞き取りにくいフィールドで二人は静かに立っているが、組んだ腕は小刻みに震えていた。
その後ろでは理志が無言で黙々とリフティングを続けている。3人は最後の出番をずっと待ち続けていた。後がない「第4ダウンの職人」、縦ラインを組む3人はそう呼ばれ信頼されていることを誇りに思い、孤独な練習の中でもチームの一員として機能しているということを思い続けてここまでこれた。
西央の攻撃、敵陣30ヤードの地点からオフェンスがさらに奥へと押し込み試合終了まで残り2秒、ゴールまで2ヤードのところでクォーターバックがスパイクし時間が止まった。
雌雄を決めるすべてを賭けた一戦は、次の1プレーで終わる。選択はもちろんフィールドゴール。決めれば3点で逆転である。
大歓声の中11人の戦士たちがフィールドに入って行った。9人のラインの中心に宗輔、そして7ヤード後ろに並んでいるのが玲士と理志。
「理志……」
玲士は声を理志に声をかけようとしたが、運命の一蹴りを託されたキッカーはサッと定位置についてセットをしていた。19ヤードのフィールドゴール、ハッシュは右端。玲士まっすぐ前を向いた。サイドラインそしてその向こう、スタンドの下段で整列し動きを止めてその瞬間に備えている吹奏楽団の姿が目に入った。
「これで……決まりだ――」
何も戦っているのはクラブの人間だけではない。雨の中、スタジアムに来て応援に来る人たちも同じだ。自分のために戦うのではない、玲士はもう一度自分の中に言い聞かせ大きく息を吐き膝をついた。
宗輔が投じたボール、玲士は伸ばした手に神経を集中させた。右掌にボールの先端が当たる感覚がしたと同時に素早く芝の上に視線を移そうとしたその時、雨はさらに激しさを増した――。
この時何かが聞こえたような気がした――
玲士は濡れた芝の上にボールをセットしようとしたその瞬間、何かに取り憑かれたようにからだが脳の命令するものとは違う動きをした。濡れた芝に着いたボールの先端が自ら意思を持ったかのように芝の上を転がり、玲士の方を見るようにその顔をこちらに向けた。
一瞬で玲士の頭に出現した一点の曇り、そしてスタジアム全体を包むものすべてを乗せて慌ててリセットされたボールは玲士を嘲笑うように蹴飛ばされ宙を舞った。
数千数万の観衆の目が一つの飛行体に集まった。
不安定な弾道のボールは左のポールにぶち当たった。大きな衝突音をあげると勢いを殺されたボールは衝撃で発生した水しぶきと同じようにそのまま真下に、崩れるように下へと落ちて行った。
時計はゼロを示し、ポール下にいる二人の審判は両腕を横に振った。
ゲームオーバー 20対19
歓声の流れは青い方から赤い方へ、吸いとられるように移ってゆく、雨は、最後まで止むことはなかった。