すれ違い電話
一 たった一度のミス
雨降りしきる秋のフィールド、濡れた芝の上に22人の学生がスクリメージラインを挟んでハドルを組んでいる。そのサイドライン、数千数万の学生がそれぞれのスクールカラーを象徴するように青と赤で座席を染めて、大学の威信をかけた勝負を見守る――。
第4クォーター 残り4分 4thダウン10
敵陣33ヤード 20ー16
攻撃側、白地に青のユニホームの西央大学の選択はフィールドゴール。キッキングチームがフィールドに集まり、ハドルが解けると9人の選手たちはラインを組んだ。
「決めるぞ、ここで決めたらモメンタムは傾く」
スクリメージの後方7ヤード。ハドルの位置に残った二人、背番号40のホルダー椎橋玲士(しいばし れいじ)はキッカーの33番、丸山理志(まるやま さとし)に呟いた。
「ああ」
理志は小さく頷くとそこからさらに三歩下がり、50ヤード先にある2本のゴールポストの間に照準を合わせ、肩で大きく息を吐き出した。
玲士は40ヤードのライン上に膝をつき右手を9人のラインに向けてまっすぐ伸ばした。中央でボールを持つスナッパーである50番、飛澤宗輔(とびさわ そうすけ)に合図を送る。
「決める。そして勝つ」
ゴールポストの向こうのタイマーが2秒になったと同時にフィールドにいる11人の呼吸がすべて合わさると宗輔の手から楕円形のボールが玲士目掛けてスナップされた。玲士は一挙動のテンポでキャッチしてボールの向きと角度を決めてセットし、すべてを理志の右足に託した。
「飛べ!まっすぐに」
理志の蹴ったボールは宙を舞う。部員すべての夢を託して雨も気にせずただまっすぐにポールの間をめざした。戦争に例えるならば、敵の基地の中枢に向けて放たれた砲弾のように、楕円形のボールは大きな弧を描き二つのポストの間を通り抜けた。
雨の中、審判の笛が高らかにグラウンドに響いた。両脇の審判が両手をまっすぐに雨降る天に上がるとバックスタンドからどよめきに似た大きな歓声が 響き渡った。50ヤードのフィールドゴール成功、学生リーグ最長記録だ。
全勝対決となったアメリカンフットボールの学生リーグ最終戦、西央大学は対戦相手である赤地に白のユニホームの東鳳大学に3年連続で苦杯をなめさせられ続けている。かつては常勝と言われた名門も年月をかけて着実に地力を付けてきた東鳳の後塵を拝することが多くなり、もはや伝統の名にすがり付く時代は終わった。
今年を逃せば玲士たち4年生は一度もリーグ制覇することなく卒業することになる。創部以来の屈辱に西央の選手たちは見えないプレッシャーとも戦っていた。
勝つためにプライドを捨てて立ち向かう。それでも今年は窮地をキッカー兼パンターの理志が何度となく救ってきた。ホルダーの玲士であるが、元はクォーターバックだけに全体の流れを読むのはチーム随一だ。第4ダウンしか出場機会はないがそれだけのために緻密な練習を繰り返し、一度のミスをすることなくプレーを遂行してきた。相手ディフェンスに阻まれ進まないオフェンス、それでも今日はキッキングチームで4本のフィールドゴールを決め、勝負はがっぷり四つに組んでいた――。
東鳳 西央
1Q 7―3
2Q 7―3
3Q 3―3
4Q 3―10
20―19
電工掲示板の点数が更新された。タッチダウンを取られればフィールドゴールで食い下がる、苦しい試合展開で第4Qになって初めて現在の王者の背中が見えてきた。1点差、次のシリーズを守りきれば逆転のチャンスは十分にある――。
「とりあえずはヨシか……」
「ああ、でも、まだだ――」
理志は玲士の手を叩いて返事をすると、表情一つ変えずに玲士を見送るとフィールドに残りボールをセットした。キックオフ、理志の蹴ったボールは再び宙を舞い東鳳のリターナーがキャッチすると同時に時計はゼロに向けて再び刻み始める。雨はさらに強さを増した――。