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すれ違い電話

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 玲士は店を出て駅までの坂道を一気に駆けおりた。その走り方は現役の頃のように、学生が波となって歩いているところを小刻みなカットバックでみるみるうちに前に進む。
「クーちゃん、待って!」
駅のホームが見えかかったところまで走り続け、玲士はさっき別れた実乃梨の影を捉え彼女をあだ名で叫んだ。人混みの中、駅の方へ流れていく人の中で一人だけがこちらを振り返った。
「ゼロさん……」
通りすぎる人の中で実乃梨は立ち止まってこちらを見ている。玲士は彼女の前に到達すると大きく息を呑み込んで呼吸を整えた。
「ああ、良かった。間に合って――」
「どうしたの?そんなに慌てて……」
 ひとっ走りして緊張の解けた自然な顔を向けると実乃梨もそれに呼応するかのように、柔和な表情を玲士に見せた。
「やっぱり言いたかったこと、今言おうと思ったんだ」
 実乃梨は玲士の眼差しを見て、改札横のベンチを見つけてそこに腰を掛けるよう促した。そこは二人が学生だった頃、電車通学の実乃梨と別れるまでの待ち時間を二人で長々と語り合っていたそれだった。

   * * *

 改札を往来する学生たち。ここは大学だけでなく、公立私立の高校も多くあり、ひっきりなしに学生がここを通る。学生でなくなって久しく経つが、二人はこの人の流れに同化し町の風景の一部になっていた。
「今を逃したら、たぶん――もう、ないから」
 両肘を両膝に当てて顔の前で手を結ぶ玲士。学生の頃、フィールドサイドで第4ダウンの出番をじっと待つ姿だ。
「言いたかったことって、何?」
実乃梨は首を傾げてその横顔を見つめた。玲士は視線に気づいて顔を緩めてふと左を向いた。
「ずいぶん前のことだけど、俺、クーちゃんに返事をしなきゃ」
「返事?」
「ああ――」
玲士は嘯いて頭をあげた。
「こないだね、それも結構最近。何でだろう不思議な留守電が入ってた」
「留守電……?」
「ホントね、申し訳ない。僕は留守電には無頓着で全然気付かなかったんだけどクーちゃん、僕に伝言入れたでしょ?
    『あの時、待ってたんだからね』
って」
「それって……?」
 実乃梨はその言葉で自分の記憶を探った。すると一瞬でその時の記憶と直結した。ずいぶん前だ。結婚する直前に実家の近くにあった古いお店で吹き込んだメッセージのことを言っているのだ。今さらとか、経った時間の長さとか、そしてその店がどんなだったか、そんなことはどうでもよくあの時古ぼけた店の主人が「必ず伝わるようです」という言葉だけがよみがえった。

   そして――

「ゼロ……さん?」
 実乃梨自身も昨日、目の前にいる玲士から遅れてきた伝言を受けていた。理由や方法などもはやどうでもよかった。確実にメッセージは伝わっているのだから。
「こんなことって、あるの?」
実乃梨の頭の中で時間と記憶がぐるぐる回りだした。
「あたしも……、聞いた。ゼロさんからの伝言」
「伝言?」
「そう。こう言ってたよね?
    『僕には大事な存在』
だって」
 それ以上説明しなくてもお互いが何を考えているのかが分かるから時間だけが過ぎた。その間も人はひっきりなしに往来し、実乃梨が乗るはずの電車も彼女を乗せることも促すこともせずに決められた通りに発車していった。
「今も――。気持ちは変わっていない」
実乃梨は頭をあげた。前を向いたままの玲士の顔を見てすぐに前を向き直った。
「大体、分かるよ。今の、状況」
 玲士は実乃梨の手を指差すと実乃梨は咄嗟に右手で左を覆い隠した。左手の薬指、ほっそりとした白く長い指には何も付いていなかった。
「でも、すぐには……」
「そんなこと、わかってるよ。そしてそれが良いかどうかもわからない」
 玲士はその手を取ると、弱々しく儚げな白い指はほんのり紅くなった。
「いいの?こんな私でも」 
「僕が……、僕がもっと早くに。そうだ、あの時気付いていたら、こんな遠回りすることなかったのかもしれない」
玲士はベンチから立ち上がり、実乃梨に背を向けて腕組みをした。
「僕も、僕もずっと引っ掛かってた。あの時の去り際」振り返って実乃梨を見つめる「どこか、寂しそうだった」
 実乃梨も立ち上がると玲士から目を逸らしてうつむいた。
「私も、迷ってた。あの時から……ずっと」
「迷ったって、いいじゃないか。迷ってたって進まないなら、前に進もうじゃないか――。この先が何であれ……」
「ゼロさん――」
玲士は何も考えずに実乃梨の手を取ると、彼女のからだを引き寄せていた。抵抗はなかった、実乃梨に抗う力がなかったのではなかった。改札前のベンチはあの時と全く変わらず多くの学生の往来があって、二人がそこにいることを目に止める人がいるわけでもなく時間だけがゆっくりと流れていた――。

作品名:すれ違い電話 作家名:八馬八朔