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すれ違い電話

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「マスター!」
 カウンターに背を向けて後片付けをしていると大きな声で叫ばれる声を聞いて、玲士はゆっくりと前を向いた。声を上げたのは買い物から帰ってきた帆那だった。
「どうしたの?大きな声で」
 じっと玲士を見つめる帆那は肩で息をしながら玲士の目をじっと捕まえている。それだけで彼女が何を言いたいのかわかるだけに、何も答えずにシンクに視線を戻した。
「追い掛けないのですか?」
「どういうこと?」
とぼけて見せる玲士。
「さっきの人に決まってるじゃないですか!」
痺れを切らしたような顔で帆那は玲士の顔を見つめている。
「しばらく実家に戻ってるんだって。だから、そのうち――、来るよ」
「えぇ?」
 表情はそのままで、帆那の口から呆れた息が漏れた。
「マスターはあの人のこと好きだったんでしょ?それもずっと前から」
「えっ?」図星を突かれて思わず声が漏れる。
「顔に書いてますよ。鈍感な私でも分かるくらいに。それと――、あの人も」
「いいんだ、それに彼女は既婚者なんだよ」
店内の音楽もちょうど終わり、蛇口から水が流れる音が漏れる。
 帆那は垂れている玲士の両手首を取って一歩前に近づき斜め下から玲士を見上げた。
「既婚だろうがなかろうが、自分の思いを伝えることくらいはできるでしょう」
「でも……」
「でもじゃ、ないです!あの女の人……、泣いてましたよ」
 わかっているのにそれを認めない自分がいることを目の前の帆那に悟らされ、玲士は何も答える事ができなかった。
「マスターはいつもそう言って遠慮している。それじゃあせっかくのチャンスもフイにしてしまいますよ」
「帆那ちゃん……」
帆那はにかんだ笑みを浮かべては玲士の目の前に立ちスッと出した人差し指を眉間の前で止めると、その細い指に二人の視線が集中した。
「後悔しますよ、絶対」
「でも……、でもよ」
自分の中でいろんな足かせがある。自分に対して、実乃梨に対して、そして――。
「『でも』じゃありません。私は……、私は。最初からこうなること、わかってましたから……」
帆那は指を引っ込めると同時に玲士の肩に両手を回した。玲士は帆那の動作で金縛りにかけられたように動くことができずに彼女の腕にからまれるだけだった。
「あたしは……、あたしは、いいんです」
「帆那ちゃん……」動けるようになった玲士は放れた手を回し、彼女の背中を軽く叩いた。
「ありがとう、ちょっとお店見ててもらって、いいかな?」
帆那が胸の中で頷くのを確認すると、玲士はそっと離れて彼女の両肩を叩きうつむいたままで立ち尽くす帆那をそのままにして静かに店を出ると、扉のカウベルの音が店内に小さく響いた――。 

作品名:すれ違い電話 作家名:八馬八朔