小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

すれ違い電話

INDEX|24ページ/35ページ|

次のページ前のページ
 


 実乃梨はしばらく実家に残ることにした。事情を両親に説明すると二人は実乃梨をそっと抱き締めてくれた。それだけで実乃梨は癒された。これからの生活はどうなるか決めていないが、慌てないでじっくり考えなさいと教えているのは言わなくても分かる。これからの生活は平坦ではないが、慣れたこの地で実乃梨は徐々に本来の自分を取り戻しつつあった――。

   * * *

 実乃梨は何の計画も立てずに家を出ると、足は何故かスタジアムに向かっていた。秋の学生リーグは最終節を迎え、全勝対決となった大一番はスタンドが満員になっていることでその注目度は証明されている。
 昨日聞いた遅れてきた留守番電話。それが頭から離れず、無意識に玲士の姿を求めてここへ来たのかもしれない。会える保証なんてどこにもない。それどころか、彼がここにいるかどうかも分からない。ただ、今の実乃梨にはそうすることくらいしか出来なかった。

 ゲームは後半、チームはこの日3本目のフィールドゴールを決め辛うじて逆転した。沸き上がるスタンド、鳴り響く応援歌、多くの者がボールの描く放物線を見ている中、実乃梨はボールの蹴られた地点、ホルダーとキッカーが小さく手を叩きあってる姿が目に入った。第4ダウンだけ登場する職人たちは決して感情を大きく見せず何事もないようにやってのけた姿が印象に残っていた。

「僕は、いつも40ヤードのところから観戦するんだ。それも、フィールド左側の」
 
 キックオフの前、キッカーを残してサイドに戻るホルダーの選手を見て玲士がいつしか言っていた言葉が実乃梨の頭に浮かびあがった。いつだとかどこだとか、そんなことはどうでも構わない。とにかく隣の話し声も聞こえない大歓声の中でその言葉が五感で甦った。なぜだとかどうしてだとか考えることは必要ない。実乃梨は頭に焼き付いたその言葉を受けて、フィールドを見て喧騒渦巻く中で一人だけスタンドの、40ヤード、そう、今さっきボールが蹴られた地点の真っ直ぐ向こうに立って、ここに来ているかも知れない人物を探した。

 試合は第4ダウンロング、敵陣34ヤード。タイムアウトの後、大歓声に後押しされて再びキッキングチームがフィールドに現れた。51ヤードのトライ、決めれば学生リーグ新記録だ。
 実乃梨は両手を結んで祈った。視線のまっすぐ向こうには、ホルダーが右手を伸ばしてボールをスナップするタイミングを計っている。
 プレー直前、喧騒渦巻くスタンドが集中するあまりに一瞬だけ静まった。そしてボールがスナップされ、真っ直ぐに飛ぶ楕円形のボールをホルダーがキャッチして芝の上にセットした瞬間だった。

   「決めろ!決めてくれ!」

実乃梨の後方から祈りとも叫びとも聞こえる声が聞こえた。誰もが記録に挑んだ一蹴りに集中したその瞬間、実乃梨はただ一人、その声の主に呼ばれたかのようにフィールドに背中を向けると、数千の人間が視野に入る群衆の中で、一人の男の姿だけが目に飛び込んできた。

作品名:すれ違い電話 作家名:八馬八朔