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すれ違い電話

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 アルバイトの帆那が帰ってしまうと店は急に寂しくなる。今日来てくれた理志や宗輔には明るい家庭とかわいい子どもたちがいて、親元を離れて下宿している帆那にしても家に帰れば姉が待っている。玲士は灯りを落としたカウンターの奥に一人座り、今までスリープ状態で待機していたPCを起こした。海外から時間関係無しに入ってくるメールをチェック、商売になりそうなものをより分けて早くに回答しなければならないものから順次回答のメールを打つ。海外で働いてきた経験は今の商売を助けているが、結局は一人だ。

 今日は冗談で一回りも年下の帆那について揶揄された。仲間からの手厚い歓迎といえばそれだけなのだが意識をしていないわけではないし、彼女に特定の異性はいないことはよく知っている。彼女は彼女でかわいいとは思うし、彼女の冗談で言ったことは、本当は冗談でもなく自分に好意的であるのも感付いていた。だから自分さえよいなら言えば付き合うことは出来ると思う。だけど彼女は学生といっても未成年だし恋人として付き合うという気はしない。でも誰かと付き合っていたらちょっとヤキモチを妬いてしまいそうな……、恋人というより妹みたいな存在だ。帆那を見ると学生時分の記憶がどうしてもダブる。
 玲士はフィールドゴールの写真を見ると自動的に学生の頃の記憶が甦った。そういえばあの頃は何をしても充実していた。思うように練習の成果が出なくても、試験で単位が取れなくても、そして、

   気になる人に思いを伝えなくても――

 結局玲士はあの時自分でケジメを付けていないことが今でも引きずっている。健気に働いてくれるバイトの看板娘も、代替えでしかない。それを知っているから、彼女に好意を持っていてもそれを好意と認めていないのだ。
 それは自分自身だけの問題である。だから、誰に相談することもできないし誰にも相談するつもりもない。

 あれこれと考え出すと取るもの手につかず、PCの画面に開かれた返信メールの英文が途中で止まり、カーソルが空しく点滅している。
「なんか仕事になんねえな……」
 玲士はPCの電源を切った。シャットダウンされると同時にすべての灯りが消え、PCのファンの音も止まり店内は光も音も完全に消えた。こうして店の一日が終わる、陽が上ればまた新しい一日が始まる。今日も、明日も、同じことだ。

   * * *

 玲士は店の2階に住んでいる。お世辞でも設備が整った部屋だとはいえないが、一人で住む分にはこれで問題ない。玲士はカウンター裏の戸を開け、階段を上り部屋に灯りをともした。
「今日も疲れたなぁ……」
冷蔵庫から缶のビールを取り出す。一気に半分ほどを飲むと大きく息を吐いた。
 
 テレビをつようとリモコンに手を伸ばそうとすると、リモコンにの横にある電話に自然に目が止まった。珍しく留守番電話にメッセージが入っているのだ。仕事の関係では基本的にEメールの文章でメッセージは送られるので、この電話にそんな機能があったことを思い出したくらいに珍しい。 
「おや……」
 玲士はとっさにコチコチと点滅するボタンを押した。すると、古いフィルムの映画が始まったような数秒のノイズのあと、思いもしない人物にの声が聞こえてきた。

   「もしもし、」

「クーちゃん?」
 頭の片隅にいつもいる人物の声だ。忘れることはない、ちょっと舌ったらずなところと彼女独特の訛りかた。
「どういうことだ」
 玲士は自分の過去に戻って聞いてみた。工藤実乃梨、大学で会って以来ずっと頭の中にいる人物だ。しかし彼女にここの連絡先を教えた覚えはないし、教えたとしても掛けてくるような人物ではない。
 自分の想定の中に全くない展開に玲士の動きはストップし、神経が自然と耳に集中した。

   「私、今日結婚するんだ。だけど、一つだけあなたに
    言っておきたいことがあるんだ」

「何で、今ごろ……」
玲士は不思議に思いながらも受話器を当てたままあれこれと考え出した。しかし、伝言はそんな玲士の気持ちを待ってくれることはなく進んで行く。

   「いろいろ、考えた。今までで、一番。
    いろいろ、悩んだ。今日のことよりも」

   「4年生の時のあの日以来、沈んだゼロさん
    見るのが辛かった」
   「それと、最後に会ったあの日、
    本当は、本当は……、サヨナラだけでも言いたかった、
    違う。本当は、本当は……、」

向こうにいる実乃梨が息を吸い込む音が玲士の耳に聞こえた。

   「あの時、あたし……。あたし……、待ってたんだからね」

 訴えかけるような強い調子で話されたのは初めてだった。玲士は思わず受話機から顔を遠ざけると、からだと気持ちがわずかにずれた気がした。そしてしばらくして元に戻ると、長く会っていない実乃梨がいつ、何のためにこのようなメッセージを寄越したのか意図はわからなかったが、これだけは間違いなかった――。
「いつの、メッセージだよう……」
 玲士の目はまだ点滅している留守電のボタンに止まったままだった。それから長めのノイズが流れたのち、心のない機械の声で一言告げて電話は、切れた。

   メッセージの再生を終了しました――。

作品名:すれ違い電話 作家名:八馬八朔