すれ違い電話
かつての相棒たちが去っていくと店は急に静かになった。今日は休日、前を通る学生の数も平日とは比べ物にならないくらい少ない。こんな日の夜は近所に下宿している学生が食事やデートでたまに訪ねてくる程度であるが今日は夕方から雨が降ってきた。店は一応9時まであけているが今日はもう誰も来なさそうなので、帆那は早々に店内の片付けをしていた。
「ごめんな、帆那ちゃん。無礼な仲間ばっかりで……」
カウンターの片付けをする玲士は一人ホールでせっせと作業をする帆那に言った。姉と二人で下宿している帆那は基本的に門限はないが、玲士と姉にいつも夜はあまり出歩かないようにと言われている。
「いいんですよ」それを聞いた帆那はテーブルを拭きながらクスクス笑う「仲間って、いいですね?」
「はは、そうだな――」玲士は一旦手を止めた「自分ひとりじゃ何にも出来ないのに、仲間がいると自分が出来る以上の力が出る時って、あるもんな」
「私もね、中学の時水泳やっててね、仲間がいたから優勝できたことがあるんです」帆那も手を止めてカウンターの玲士の方を向いた
「そりゃあ、すごいね。何の種目で出たの?」
「メドレーリレーです、平泳ぎで出たんです」帆那は手で水をかく仕草を見せた「あ、大会って言っても市内大会ですけどね」
「すごいじゃないか、どんな大会でも優勝は素晴らしいことさ」
「ありがとうございます」帆那は口に手を当てて笑っている「だからわかりますよ、仲間がどれだけ大切なのかは。みんながみんなを補って一つの目標に進む――、一蓮托生って素晴らしいですよね」
「ああ、その通りだ」
二人は同じタイミングで顔を見るとこれも同時に笑いだした。
そしてお互いの話題がパタッと止まり、店内から音と言う音が無くなった。雨の音も止まり周囲は静まりかえる――。
「本当に、気にしないでくれ」
「何のこと、ですか?」
ニッコリ笑う帆那、
「今日トビーたちがさんざんいじり倒したこと」
玲士は頭を掻いて照れを隠し視線を逸らせた。
「マスターがいいなら、私、いいんですけどね」
「えっ?」
「冗談ですよ、冗談」帆那はそう言って後ろを向き、窓際に飾ってある玲士のヘルメットを手に取った「私には……、もったいないです」
帆那は小さく呟いた、玲士の耳には届かないくらいに。
「私は、マスターが名選手だったと思ってますよ」帆那は飾ってあるヘルメットを磨き出した「信頼関係がないと、あそこまでマスターのことイジれないですよぉ」
帆那はヘルメットを元の位置に戻すと向き直り、玲士の顔を真っ直ぐに見つめた。
「帆那ちゃん……?」
「それじゃあ私帰りますね、雨も止んだみたいだし。早く帰らないとお姉ちゃんに怒られるので」
「あ、ああ。気を付けて帰ってね。道、濡れてるだろうから」
帆那は玲士にニコッと微笑んであいさつすると店先に止めていた原付に乗って帰っていった。