すれ違い電話
一人になった玲士は大勢の人が行き交う夜の町の真ん中で立ち尽くしていた。夜空を見上げてもネオンが明るくて星なんか見えない。空に向けて大きく息を吐いた、少し酔ったみたいだ。足取りが少しだけふらつく感じがするが理性はちゃんとあるし、家まで帰るれないほどヘベレケではない。
会いたかった人に会えた。しかし、満足できなかった。
本当は言いたいことがいっぱいあったのに、いざ本人を前にするとほとんど言えなかった。それは自分がかっこよくありたいのか、又は傷付くのが怖いのか、それともその両方か。
とにかく思っていることは伝えられなかった。会えたことは満足だったが、それ以上のことを踏み込むことは出来なかった。もっと言えば学生の頃にはなかった彼女の陰、これについて何も触れなかったことが今になって後悔という念になって玲士に襲い掛かってきた。
玲士は人をかき分け歩き出した。あれこれ考えては形にならずにまた考えて、そんな意味のない脳内作業を繰り返した。そしてふと足を止め、電車に乗る前にコンビニで水でも買おうと思い今歩いている通りの車道を挟んだ向こう側に見慣れたガラス張りの店があるのを見つけた。右と左と確認し道路を横切ろうとするもこの時間でも車の往来が多くてなかなか渡れない。玲士はそのうちに諦めて後ろを振り返ると、そこにも小ぢんまりとした商店が立っている。
「三猿堂……なんの、店だ?」
古ぼけた看板、そのたたずまいはここが町と呼ばれる前からあったような古い建物で、そこだけが時代に取り残されたような感じだ。ガラス越しに見える店内は、雑多に物が置いてある。日用品や食料品……、合宿先であった町に一つしかなかった商店のような感じだ。見た目と関係なく、ここにも水くらいはありそうなので玲士は深く考えることなくこの店の扉を押して入った。