短編集 1
笛
奥深い山あいの砦に笛の音が響く、その澄んだ音色は日々の争いとは無縁な儚く寂しげな面持ちで辺りに染みとおっていった。
「縁起でもない、戦の前にあってあのような…、それに戦が生業の武将が笛などと」
「そう申すな、血に明け暮れる日々の中、このような粋なひと時も良いではござらぬか」
「粋だと?無粋なわしにはわからぬ、奉納や神楽にしても何の理があると云うのだ」
「分からずとも良いではないか、兵たちにはまずまずの評判でもあるし、時には安らぎも戦いには必要なものだからな」
「勝つことが全て、勝利のあとならいざ知らず」
「主も頑固よのう、主がそう思うていても兵たちの休息につながるのであれば良いではないか」
「納得がゆかん、わしには納得がゆかんのじゃ」
そんな会話を知ってか知らずか、もの淋しげな音色は、三草山の寒空に静かに流れ響いてゆくばかりであった。