短編集 1
白
暗闇の中に目覚める。
何時もの叫び声だ、目が覚めてしまったのはこの声だ。
誰かを呼ぶ声、そのうちにまた静まるだろう。
夜は寝ないと、また怒られてしまうから。
目を開けると辺りは白に包まれていた。
どおやら朝らしい。
白い天井白いカーテン、寝床もぱりっとした白一色だ。
不意に開くカーテンから何時もの声がする。
「ちゃんと眠れてる?」
馴れ馴れしい声。何様だ。
「ええ、ちゃんと夜寝てますよ」
受け答えは上手くできただろうか、しおらしく弱々しく。
「じゃあ、今朝もね」
乱暴に掴まれる腕、何度も試されたあとに染み込んでくる冷たい感覚。
このまま自分の体温が冷たくなる気がしてきてしまう。
何度も試されたってことは新人か。
特に興味もないボクは、顔も確認したりはしない。
ひと月もこうして横たわったままの生活は、退屈でうんざりで。
白衣の天使なんてものは、健常者の幻想にしか過ぎないことをボクは悟っていた。
多分彼女達は、ボクらを客扱いしてるのだろう。
クレーマーのような厄介者と。
日がな一日訳のわからない冷たい液体の袋に繋がれたままのボクは、退屈と苦痛しかもたらさないこの時間をまた、持ち込んだラジオをつけて凌ぐことにした。
普段は聞くことのないこんな時間は、最初のうちだけは新鮮だった。
今では他にないから聞くだけで、それでも好きな洋楽が聞けるだけでもましなのだけど。
そんな感じで今日も過ごし始めた。
「よお、元気か?入院してるって聞いて見舞いに来たぞ」
いつものカーテンから違う声。
忘れようのない声に顔を向けるボク。
「痩せちまったなあ?不治の病か?」
「点滴ばかりで絶食中だからな、それはそうと見舞いの品が見当たらねえけど」
毒のある問いかけが懐かしくボクは涙が出そうになりながら、それを隠そうとおどけて答えてみた。
「ああ、それならコレさ、ひと月も清く過ごしてんだろ?」
差し出されたタバコをみて、嬉しそうな声が出てしまった。
「さすがは親友、ここじゃ買えないからな」
「そう思ってさ、どっかで吸えねえの?」
「それなら、屋上でコイツも時期に終わるから」
そう言って点滴を指差した。
「ああ、こんなんばかりじゃ無理ねえなやせちまうのも」
そのあと暫くは近況や雑談を費やし、点滴が終わったあとで二人して、屋上に繰り出した。
「どうだ、久々だとくらっとしねえ?」
「ああ、そうだな」
ボクはいつの間にかすっかりと夏になっていたことを改めて感じながら、青空に浮かんだ雲がやけに白いなと思うばかりだった。