短編集 1
団欒
「あなたったら聞いてるの?」
ぼんやりと考え事をしていた僕に、声がかかる。
「聞いてなかったわけじゃないよ、例の友達の話だろ?」
「そうそう、いつもパパったら考え事ばかり」
先ほどの声に同意する幼い声も聞こえる。
いつもどおりの食卓のはずだった。
確か記憶では、いつもどおりのはずだった。
暖かかったように記憶してるはずの団欒。
聞き覚えのあるような気がする声。
変わらないはずの日常。
忘れてしまったわけではない。
気が触れたわけでもない。
思い出せないわけではないはずだ。
ただふと、気づいてしまったのだ。思い出してしまったのだ。
優しそうな妻と可愛らしい娘。楽しいはずの幾度も繰り返したこの団欒の時間。
そのどれもが、見覚えさえないことに。
さっきまでの会話も思い出せる。
映っているテレビにも違和感はない。
「あなたったら、またテレビに夢中になって私のことなんか見てないから」
「そうだよパパったらいっつもテレビに夢中になってて」
覚えのない優しさに、恐ろしいまでの平凡な日常の一コマに、恐怖したまま僕は、うまく返事ができない。
いくら考えても覚えのない妻らしき人物と、名前さえも浮かんでこない少女に囲まれての暖かい食事はじつに僕を冷やし続け、食べている気にもなれなかった。
僕は薄笑いを浮かべ必死にテレビだけ見つめながら逃げ出したい気分を押さえつけ喉にうまく通らない食事を続けようとした。