ゴキブリ勇者・結婚編
「私の母が暴力的だったことは知っていますね?」
「ああ……話は聞いていたからね」
彼女は虚ろな目を一点に集中させながら言った。
「どうやら、もともと暴力的だったのは父の方らしいんです。
その父と母なんですが、私が幼かった頃、私の隣で裸で抱き合っていたんですよ。
結構な恐怖体験でした」
そんなことならわりとどこでも……とは言わなかった。
もう少し話を聞いてみることにした。
「でも、そんなことってどこでもよくあることですよね?
だから、私は忘れることにしたんです。記憶の底に押し込めました。
でも、もう一回あるんですよ。
私がそこそこに成長してきたころ、私の寝てる横で父とその不倫相手が抱き合っていたんです。
それもかなりの恐怖体験でした」
俺はだんだん、受け止めきれるか心配になってきた。
「それは子供心に、かなりトラウマになって。
だって私の隣じゃなくて、別のところへ行けばいいじゃないですか。
なんでわざわざ私の隣なんだろうって、母に相談しちゃったんです」
俺は息を飲んで、続きを聞いた。
「そうしたら、母は『父はそういう状況だと興奮するんだよ』って。
私の隣だから良かったみたいで。
しかもそういうことするとき、父は母をレイプみたいに殴って無理矢理犯してたらしいんですね。
その結果、産まれてきたのが私なんです」
俺は、なにも言えなかった。
「どうですか、私可哀想でしょう?私にまともな恋なんてできるわけないんですよ。
私もきっと私の子供も、頭がおかしいですからね。
それにキスとかそういう類いのこと一切出来ないんです。
もうすぐ三十なのに。バカみたいでしょ?」
彼女はおかしな声でケラケラと笑った。
俺にはなにも出来ない。それだけは分かった。
そんな俺の背後で、扉が大きな音をたてる。
勇者が、俺たちの前に現れた。
作品名:ゴキブリ勇者・結婚編 作家名:オータ