はじまりの旅
草木をかき分けて、とうとう山頂へたどり着く。そこは開けた場所であり、本来ならば神々しい場所なのかもしれない。だが、今は瘴気により、今にも落ちて来そうな真っ黒な曇天と禍々しい黒の巨体に支配された汚らわしい空間だった。
そして、標的であるドラゴンの姿。
大きさはクグレックたちを余裕で越える。2階建ての家屋程はあるだろう。丸太の様な大きな2本の足が巨体を支えており、胴体についた2本の腕には鋭い爪がついている。背には体よりも大きいであろう蝙蝠の様な大きな翼と、ギザギザとした棘が付いた大蛇の様な尾が生えていた。
その巨体は魔物のように真っ黒で靄掛かっていた。さらにその胸の奥の方では、赤黒い何かが輝いている。鼓動の様に輝きは弱くなったり強くなったりしている。その収縮の姿は彼らが昨日みた魔物スポットと似ている。
「これが御山のドラゴン…。」
ティアも実際に見るのは初めてだったので、思わずその姿にたじろいでしまう。
「本物のドラゴンか、魔物か、はたまた魔物スポットなのか、なんなんだろうな。」
ディレィッシュが呟く。その呟きに対してニタが
「いやぁ、ドラゴンじゃないのかなぁ。見たことないけど。」
と、返した。
ドラゴンは低いうなり声を上げながら、5人を見下ろす。体内の赤黒い輝きと同じ色をした双眸は殺気に満ちていた。
ドラゴンは尻尾を振り上げ、5人に打ち付ける。
ニタとティアとハッシュの3人は瞬時にその攻撃をかわしたが、クグレックとディレィッシュは瞬時に対応することが出来なかった。ディレィッシュが身を挺してクグレックを庇ったために、クグレックは地面に倒されかすり傷程度で済んだが、ディレィッシュは勢いよく尻尾に打ち付けられ、吹っ飛ばされた。
「ディレィッシュ!」
顔から地面に追突したディレィッシュ。が、すぐにむくりと身を起こすと、鼻からつうと血が垂れた。ディレィッシュはきょとんとした表情でいた。
「あれ、私、死んでいないぞ?とっても体は痛いが。」
ディレィッシュは体をさすりながら、呆然としていたが、一呼吸おいて合点した。瘴気の力が彼の魔抜け分を補ってくれていたとティアが言っていたのだ。そのため、彼は異常に頑丈になっていた。
再びドラゴンがディレィッシュに向かって尻尾で攻撃を繰り出す。
「ディレィッシュ、後ろ!」
と、ティアが叫ぶと同時にニタが駆け出し、渾身の力を込めて振り回される尻尾に向かって飛び蹴りを喰らわせる。
ニタの知識ではドラゴンは固い鱗を持ち、どんな攻撃をも跳ね返すということは知っていた。このままドラゴンに飛び蹴りを喰らわせたら、もしかするとニタの足はその堅い鱗に阻まれて折れてしまう可能性もあることが想像できた。だがそれでもなおニタは臆することなく全力の力をドラゴンの尻尾に捧げる。
ニタの強力な一撃がドラゴンの尻尾に当たる。ニタの足はドラゴンの尻尾にのめり込んだ。変な感触だ、とニタは思った。尻尾は黒い靄を吹き出して凹んだが、すぐに吹き出した黒い靄がニタに蹴られた部分を包むと元の形に戻った。そして尻尾はびっくりしたようにドラゴンの後ろに引っ込んだ。
体制を整え、地面に足をつけたニタは力強い視線でドラゴンを睨み付ける。
本当にドラゴンなのだろうか。それとも、伝説はあくまでも伝説にすぎないのか。
と、思った矢先、ドラゴンが深呼吸をしたかと思うと、人の頭ほどの大きさの真っ黒な火の玉をニタに向かって吐き出した。何かが燃焼した、焦げた匂いがする炎だ。しかしこの炎、よく見るとどんどん大きくなっていく。ニタの目の前まで来た時には羊くらいの大きさになっていたが、ニタはその高い身体能力でギリギリのところで炎の直撃を回避した。
しかしニタはわずかにちりっと耳の後ろが焦げた音に吃驚して
「ぎゃー、焼けた!焼けた!」
と、騒いで耳の後ろをバシバシと叩いた。
さらに、ニタの背後ではニタの耳を掠めた真っ黒な火の玉が地面に衝突して燃え上がっていた。ロバ程の大きさになって轟々と燃え上がっているが、なにか様子がおかしい。炎は延焼することなくその場で燃え上がっているうえ、中では何かが蠢いているかのように形を変化させるのだ。
「ニタ、後ろ!」
ティアが声をかけるとニタはハッとして振り向き、その異様な黒い炎を視認する。
炎は不気味に燃え上がり、ニタの姿を捉えているかのように見えた。ニタは背筋がゾクリとするのを感じた。
炎は大きく燃え上がった。それはまるで炎の中に何かが存在し、もがき苦しむように見えたが、すぐに掻き消えてしまった。後には何も残らない。
「な、なに、今の…?」
ニタは再び目の前のドラゴンを見上げる。ドラゴンは再び大きく息を吸い込んで、あの真っ黒い火の玉を吐き出そうとしている。ドラゴンの体内の奥に見える赤黒い輝きがより一層明るさを増した。
ドラゴンは火を吐きだす。
しかしニタは簡単にそれをかわした。
ドラゴンは吐き出したままの恰好で呼吸を整えている。火の玉を吐くと、その反動でしばらく動けなくなるようだ。同時に身体の赤黒い輝きも弱まっている。
ニタ達は再び火の玉の観察だ。異様なのは黒いだけではない。あの炎ははまるで生き物のように燃えているのだ。
火の玉は地面に衝突すると、不気味に変形しながらも大きく燃え上がる。
再び燃え尽きるのだろうか、と一同は思ったが、炎は形も変わることなく落ち着いて、安定して燃え続けた。そして、黒い炎は、ゆっくりと、ゆっくりと、亀の歩みの様にニタに滲みよって来た。炎そのものが生き物のように近寄ってきているのだ。炎が動いた後は焦げて真っ黒になっている。そして、勢いをつけて炎はニタに突進した。
「うわ!」
黒い炎の動きは緩慢だったため、ニタは余裕でその突進をかわすことが出来たが、突進の速度は思った以上に速かった。
「な、なにこれ。この火の玉、襲ってくるんだけど!」
ティアが駆け寄り、おもむろに炎に蹴りを入れる。すると、炎はティアに蹴り飛ばされた。
ティアは「熱ッ」と声を上げ、足をすぐに引っ込めた。靴は焼け焦げ、ところどころ黒くなっている。
ティアは、引きつった表情で不気味にうごめく黒い炎を見つめる。
「あの中に、なんかいるわ。そうじゃないと、炎なんて蹴り飛ばせないもの。…なんか、魔物みたいな感触だった。」
ティアの呟きに、ニタも表情を引きつらせた。
「…ドラゴンは、炎と魔物、一緒に吐き出しているのかな?」
と言うニタにティアは「…そうかもしれない。」と言って、ドラゴンを見上げる。
「…あのドラゴンの胸の奥の方にある、あの赤黒い光、魔物スポットみたいに光るよね。」
ニタが言った。ティアは「確かに。」と言って同意する。
ドラゴンは再び息を吸い込み、火の玉を吐こうとしている。同時に胸のあたりの赤黒い輝きも光の強さを上げる。ドラゴンは火の玉を連続で吐き出した。
ニタ達は逃げ回り、直撃を回避したが、その後の火の玉の経過が気になるところだった。半数以上の火の玉は不定に形を変えた後、燃え尽きて跡形もなくなったが、うち二つは先ほどと同様に自ら動き回る炎となり、ニタ達ににじり寄る。
ハッシュがふと気づいたように言った。