はじまりの旅
「というよりも、あれは魔物スポットなんじゃないか?光り方がまさに魔物スポットのそれだし。」
ドラゴンの体内の赤黒い輝きは、炎を吐き出したために消えていた。いや、炎と共に魔物を出現させたためにその輝きが消えていたと言い直していいのかもしれない。
ニタとティアは顔を見合わせ
「嘘でしょ!?」
と声を上げた。
目の前には倍に増えた炎と魔物を出現させて小休止するドラゴンの姿があった。
「これはやばいんじゃないの?あの炎、攻撃できるとは言っても、炎だし、熱いよ?」
ニタが言う。
「もうこいつらは無視してあのドラゴンを叩くしかないわね。今なら魔物スポットの動きも休止してるし。」
ティアが言った。ニタもそうするしかないと思い、二人はドラゴンに駆け寄り、攻撃を加え始めた。
とはいえ、黒い炎は、攻撃対象を探してゆっくりと這い回っている。
黒い炎たちは亀のようなゆっくりとした動きで攻撃対象を探した。ティアやニタ、ハッシュを探しているようだったが、そのうち1体はディレィッシュとクグレックの方へ向かってきている。
「これはマズイな。あの3人は自身の足と拳で戦うスタイルだから、炎には手を出せない。」
ディレィッシュが言った。クグレックを守るようにして、クグレックの前に立っていた。
クグレックは杖を握りしめ「私が魔法で…。」と言いかけたが、ディレィッシュに止められた。
「それはダメだ。クグレックの魔力はあの魔物スポットを破壊するためだけに使わなくては。」
「でも…。」
黒い炎は二人の元へにじり寄って来る。
「いざとなったら、私がなんとかかばって見せよう。私は瘴気の力で頑丈になったんだ。」
と、ディレィッシュは余裕の笑みを浮かべた。
黒い炎は、二人を襲える範囲内まで近付くと、それまでの鈍さとは一転して、勢いをつけ始めた。ディレィッシュはボウガンが入っていたケースを手に取り、応戦しようとする。ケースは防火性を備えていた。
が、二人を守ったのは、防火性を備えた30センチ程度のケースではなかった。
戦いながらも冷静に場を把握していた彼の弟が、黒い炎を掴んで投げ飛ばし、そして、連続で蹴り飛ばしたのだ。飛ばされた黒い炎は、興奮した様子でハッシュに突撃してくる。ハッシュはそれをかわせずに直撃を受けて倒れてしまったが、起き上がる反動をつけて、再び両足で炎を蹴り飛ばした。
炎は攻撃に耐え切れず、魔物のように霞となって掻き消えた。
ハッシュは低い声を上げて思わずその場にしゃがみ込み、地面に手を着く。
「ハッシュ!」
ディレィッシュが駆け寄る。クグレックもその後に続く。
「大丈夫か?」
ハッシュは山登りのために服を着込んでいたので服は大分焦げてボロボロになってしまったものの、突進の直撃を受けた割には直接地肌に火傷を負ってはいないようだった。ただ、手だけは、手袋も何もつけていなかったので、赤く爛れていた。地面に手を置いて冷やしてみたが、気休め程度にしかならなかった。
「やっぱり、ここは、私が…!」
青ざめた表情でクグレックが杖を構える。
「…そうだな。やるしかないな。」
ハッシュはクグレックを見上げながら言った。ディレィッシュは弟の言葉にたじろぐが、次の言葉を聞いて、その意見に同意した。
「魔物スポットを壊せ。」
と、ハッシュが言うと、クグレックは力強く頷いた。ハッシュの眼差しは信頼に満ちていて、クグレックはそれに勇気づけられ、力が湧いてくるような心地だった。
クグレックは大きく深呼吸して、気持ちを落ち着かせると、杖に意識を集中させた。そして、周りの瘴気を取り込み始める。瘴気はクグレックを取り囲んだ。
昨日の魔物スポットよりも大きいけど、なんとかなる。そう思い込んで、クグレックは声高らかにのたまった。
「ヨケ・キリプルク!」
と、クグレックが発すると杖からは雷のような雷撃がバチバチと音を立てて出現し、ドラゴンに向かって放たれた。杖からは雷撃が断続的に放たれ続け、光と激しい音と共にドラゴンにダメージを与える。
ドラゴンは低いうなり声を上げてもだえ苦しむ。
ドラゴンに攻撃を与えていたニタとティアは動きを止めて振り返った。山頂のため酸素不足で二人の息は既に上がっていた。動きも少々鈍くなっていた。
クグレックは目の前の黒いドラゴンの限界値を探して拒絶しようと試みる。が、さすがにドラゴンと同じ大きさを誇る魔物スポットだ。魔力を流し込むが、その限界値が見つからす、破壊にまでたどり着かない。
クグレックはあまりに集中しすぎて、鼻からつうと血が垂れて来た。だが、彼女の集中力は鼻血など気にも留めない。ひたすら破壊のための魔力を送り込む。
「クク!無理をしないで!」
クグレックの様子を心配するニタの声は彼女の耳に届いていたが、受け入れることは出来なかった。
なんとかして、目の前のドラゴンの魔物スポットを破壊しなくては、先に進めないのだ。毎回毎回、彼女はあともう一歩のところで落ちてしまう。今回こそは意識を飛ばさずに済ませたいのだ。
負けない。
こんなに皆に大切にしてもらったんだもの。
皆の期待に応えたい!
だが、気持ちとは裏腹に、耳は次第に遠くなり、視界も白けてくる。
万事休す、とクグレックが諦めかけた時、クグレックを優しい温もりが包んだ。その温もりが再びクグレックの意識を復活させた。
――まだ、やれるわ。
そのぬくもりは、懐かしいものだった。祖母に抱き締められているような、そんな感覚。
だが、微妙に違う。今、クグレックの意識にかけてくれた声はティアの声だった。
再び開けた視界には、クグレックと共に杖を支えるもう一つの腕があった。後ろから腰に手を回してクグレックを支えているのは、ティアだった。
クグレックは杖を通して、ティアが膨大な魔力を流し込んでくれているのを感じ取った。とても濃厚で密のある魔力。
ティアは一体何者なのだろうか、とクグレックが思った瞬間、目の前のドラゴンは悲鳴を上げた。
ドラゴンの体内にある赤黒い輝き――魔物スポットに亀裂が入り始めたのだ。ピキ、ピキと音を立てて沢山の亀裂が入る。
「あと一息よ!」
そういうティアがさらに魔力を注ぎ込むのを、クグレックは感じ取った。
杖から発せられる雷撃はより光を増し、バチバチと激しい音を伴う。
そして、しばらくすると、とうとうドラゴンの中の魔物スポットはバリンと大きな音を立てて砕け散った。目の前のドラゴンは悶え苦しみ、のたうちまわる。真っ黒な体躯はボロボロと崩れ落ち、落ちた黒い物体は何かを求めるように蠢いた。
ティアはニタに向かって、
「ニタ、そいつらはみんな魔物のなりかけよ。ドラゴン共々全部潰しちゃって!」
と指示をする。ハッシュも立ち上がり、ニタに加勢する。彼は手を負傷したもの、それ以外は問題ないのだ。二人はひたすらドラゴンだったものに攻撃を加える。
クグレックは振り返り、ティアを見る。そして、彼女に起こっていた異変に驚いた。ティアの瞳の色が血の様に赤く輝いていたのだ。これまでは普通の鳶色だったのに、一体何が起こったのか。