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はじまりの旅

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――ようやく貴女にお会い出来る。素晴らしい器のおかげで、世界に混乱をもたらすことが出来た。貴女の魔を呼び寄せる力は、いとも容易く私を呼び覚ますことが出来た。器に眠り続けるしかなかった俺の力は彼奴如きに吸い取られ続けるだけかと危惧したこともあったが、もうその心配もなかろう。彼奴は俺との融合を受け入れた。あとは貴女の力を手に入れるだけ。貴女の来訪を心待ちにしているよ…

 クグレックはハッとして目を覚ました。突然ディレィッシュの声が聞こえたのだ。
 だが、隣ではニタがすやすやと寝息を立てている。どうやら、夢であった。クグレックは緊張のあまり寝ることも無理だろうと思っていたが、結局寝てしまっていた。
 バックミラーを通してクグレックが目覚めたことに気付いたクライドは相変わらずぶっきらぼうな口調で「あと数分で到着だ。」とだけ声をかけた。窓の外を見遣れば青空は既に茜空に変わっていた。ニタは相変わらずすやすやと眠りについている。
 3人を乗せたデンキジドウシャはエネルギー高炉へと到着した。エネルギー研究所よりも大きく、精製されたエネルギーが保存されるその建物は、研究所以上に無機質で冷たい様相をしていた。
 デンキジドウシャから降りると、クライドは自身の4D2コムを取り出して入り口にかざした。すると、入り口の扉は自動で開き、3人を受け入れた。
「間違っても余計なことをするな。」
 半ば睨み付けるような表情でクライドが二人に声をかけた。
 クグレックはクライドの威圧感に怖気づき、小さな声で「はい…」とだけ言った。
 そして、二人はクライドに案内されて、会議室に通された。そこには多数の机といすが並べられただけのがらんとした部屋だった。
 クグレックとニタは緊張した面持ちで、部屋の中ほどまで進む。この後、トリコ王ディレィッシュに会うことが出来ると考えると、緊張せずにはいられなかった。
 クライドは二人が会議室に入るのを確認すると、鍵を施錠した。そして、常に帯刀されている剣の柄に手をかけ、その身を鞘から抜いた。手入れされた白銀の刀身がきらりと光る。そして、すぐさま緊張しつつも警戒心がなくなっているニタに向かって、その剣を振り下ろした。
「え!?」
 ザシュッという斬撃音がしたかと思うと、その場に鮮血が広がり、ニタはその場にうつ伏せに崩れ落ちた。
「ど、どうして…?」
 ふかふかの白い背中には赤い血が滲んでいた。息を荒くさせながら朦朧とした意識の中でニタはクライドに向かって呟く。
 ニタの返り血を浴びたクライドは相も変わらず無表情のままだった。そして、懐からクロスを取り出して、剣についた血を拭った。
「王からの命令だ。王が必要としているのは魔女だ。ペポ族の戦士がいると少々邪魔になる。」
 クライドは刀身を綺麗に拭き上げると、その身を静かに鞘に納めた。
「まじか…。ニタ、ちょっと油断しちゃったなぁ…。ここでお別れだなんて…。クク、ごめんね…。」
 そう言い残すと、ニタは力尽きがくりと床に突っ伏した。
 クライドは、呆然として立ち尽くすクグレックに視線を移した。彼女の顔は青ざめて、カタカタと体を震わせている。まるで小動物のようだ。
「急所は外している。ニタは手当さえ間に合えば助かる。だから、速やかに大人しく指示に従え。場所を変えるぞ。」
 クライドはクグレックの腕を掴んで、無理矢理引っ張って、別の部屋へと連れ込んだ。
「もうじき王の手も空く。しばらくここで待っていろ。」
 そこは応接室で、質の良いソファとローテーブルが並べられていた。
 クグレックはソファに倒れ込み、背もたれに向かってうつ伏せになった。
 ニタが重傷を負った。クライドは手当てをすれば助かると言っていたが、本当に手当てをするのか疑わしい。杖は、クライドに没収されており、ディレィッシュに会う際に返してもらえるとのことだった。また魔法に頼れない状況だ。ニタを助けに行くことも出来ない。
 クグレックは頭の中がぐちゃぐちゃになっていたが、なんとか正気を保とうと必死だった。ピアノ商会では、マシアスが怪我して死にかけただけで、取り乱して何も出来なかったのだ。まだ色んな可能性が残っているのだから、クグレックは落ち着かなければならない。

 それから数時間後。再びクライドがやって来た。
「魔女クグレック、王の手が空いた。今から行くぞ。」
 応接室に入ってからずっとソファにうつぶせに座っていたクグレックは顔を上げて、ふらふらと立ち上がった。ずっと同じ体制でいたため、前髪に変な癖がついてぼさぼさになっていたが、クライドは何も言わなかった。
「ニタは…」
 生気の宿っていない瞳を向けて、クグレックはクライドに尋ねた。
「応急処置はしたが、万一に備えて強力な睡眠薬を打っているから、数日間は起きないだろう。」
 クグレックはわずかに安心した表情を見せた。ゆっくりと目を閉じ、息を全て吐き出して、深呼吸をした。彼女にはやらなければならないことがある。ニタが無事ならば彼女はもう不安を抱く必要がない。
 クグレックは覚悟を決めて目を見開いた。
「行きます。」
 覚悟を決めたクグレックの様子に、意外そうな表情を見せながらクライドは踵を返した。そして、トリコ王が待つエネルギー高炉最深部まで案内をした。
 エネルギー高炉最深部には多くの巨大なタンクが存在した。また、青色のライトが使われており、独特の雰囲気を放っている。一応冷房は効いているのだが、どことなく温度は暖かい。装置が稼働して熱を発しているため、どうしても温度が上がってしまうのだ。
 黄色と黒の「関係者以外立ち入り禁止」という看板が取り付けられた扉を開けると、その先は僅かに広がった空間があった。大きさはディレィッシュのプライベートラボ程だ。大きな管理用の数々の機械に囲まれて、そこにトリコ王ディレィッシュが佇んでいた。
「只今連れてまいりました。」
 クライドが膝をつき、かしづいて報告した。
「ごくろうさま。ではクライド、お前は下がっていなさい。“邪魔者”の侵入を防ぐんだ。」
 トリコ王は微笑みを湛えながら言った。
「王の邪魔をする者は皆遠ざけております。しかし一番の危険分子は目の前の魔女です。いつ王が危険な目に晒されるか分からない状況で離れることは出来ません。」
「始末はしていないだろう。不意を突かれない限り、お前ならば邪魔者…達の侵入を阻止することが出来る。決して侵入を許すな。その命を捧げても、だ。」
 クライドは王の意図を理解していない様子だったが、彼にとっては主の命令は絶対なので、静かにその場から立ち去って行った。
「クグレック、俺は気付いているよ。クライドの目をごまかせても、俺の情報力を侮ってもらっては困る。」
 クグレックはごくりと唾を呑みこんだ。今現在、クグレックが抱えている秘密に目の前のトリコ王が気付いているとなると、非常にまずい。
「ようやく二人きりになれたな。この時を待ちわびていたよ。」
 ゆっくりと近付いて来るトリコ王。
「ずっとずっと、待っていた。黒魔女よ。」
(黒魔女黒魔女って、一体なんなの?)
作品名:はじまりの旅 作家名:藍澤 昴