はじまりの旅
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砂漠の景色はいつも晴れ。雲一つない青空が空一面に広がり、褐色の砂漠とのコントラストを成している。
クグレックはどれくらいの間この酷く爽やかな風景を眺め続けていただろうか。車窓の景色は美しいものだけれど、同時にかわることのない単調な景色。エネルギー高炉までは研究所よりも倍以上離れている。
運転するクライドは一切言葉を発しないし、隣のニタもこの緊急事態の中呑気に眠っているので、静かであった。クグレックはこれから果たす責任の重圧で、眠ることなど出来なかった。ずっと緊張状態が続いている。
「クライドさん、クライドさんはどうしてトリコ王国にいるのですか?」
少しでも緊張状態をほぐすために、クグレックはクライドに声をかけてみた。とはいえ、クライドとの会話もまた緊張するものではあるのだが。
バックミラーのクライドと一瞬目が合ったかと思うと、クライドは再び運転に集中する。彼からの返答はなかった。予想していたことではあったが、クグレックは悲しくなった。
だが、しばらくして、クライドは口を開いた。
「王がいるから。」
クグレックはハッとしてバックミラーに映るクライドに視線を移す。
「昔、約束したんだ。ディレィッシュがどんなことをしても、彼を絶対に守り続ける騎士になると。」
クライドは表情を変えずに淡々と話した。
「それが自分の生きる理由であり、歓びだ。あの人は私を認めてくれた。外見や家名といった飾り物ではなく、私自身とその力を認めてくれた。だから私はあの人のために生きると決めたのだ。」
ちらりとクグレックとクライドの視線がバックミラー越しに交差する。クライドは揺らぐことのない強い眼差しであった。
「見たところ、そのペポ族も私と同じだろう。お前のために生きているように見える。」
呑気にぐーすか眠るニタに移る視線。
クグレックもニタを見つめた。
ニタはいつもクグレックの傍にいてくれる。それは二人がアルトフールへ行くという目的があるからであって、クライドのような強烈な忠誠心からではない。
ただ、ニタはクグレックの友達であり、クグレックはニタの友達である。
クグレックはニタが悪い方向へ向かうならば、どんな手を使ってでも止める意志はある。
しかし、ニタはどうだろう。クグレックが自ら行動を起こすことがほとんどなかったので、ニタがクグレックを止めることはなかったが、もしも、万が一クグレックが誤った道を進むとしたならば、ニタはクライドの様に着いて来てしまうのだろうか。
ニタは祖母と面識があり、何かを知っていて、一緒に居てくれるのかもしれないが、詳しい理由は良く分からない。ニタの優しさに頼り切っていたクグレックだったが、ニタの本心をクグレックはまだ知らない。
やはり、クグレックは知らないことだらけだ。
「王の行く末が地獄であろうとも、王の意志だ。あの人がそうしたいと望むならば、私は力を奮うまでだ。」
クライドはゆっくりとハンドルの傍にあるボタンを押した。すると、どこからか音が鳴り出す。ザーザーというノイズ音の中に交じって、女性の声が聞こえる。この滑舌の良い凛とした女性の声は、4D2コムの映像で様々な情報を伝えていた金髪の美女の声だ。
――…先ほど、王国軍はランダムサンプリに対する報復処置を始めました。大陸初となる短距離型高エネルギー発射装置を国境近くの野営地に向けて威嚇発射しました。………
ノイズ音に交じって聞こえる女性の声は非常に張り詰めた様子だった。
「もう止まることは出来ないだろう。戦争は始まる。」
静かに語るクライド。
「ランダムサンプリも、早い段階から戦争が起こることを察知していたらしい。あちらもすぐに対応してくるだろう。ただ、情報は錯綜しているだろうが。」
カチと再びボタンを押すと、ノイズ音は消え、再び無音状態となった。
青空に映える砂丘の中を虹色の粒子を噴射しながら、デンキジドウシャは進んで行く。
マシアスが身を挺して止めることが出来たはずの戦争はいとも簡単に始まってしまうらしい。
クグレックは周りが絶望の暗闇に包まれてしまうような心地だった。