はじまりの旅
『どうも、物騒だね。クライド、ダメじゃないか。勝手な行動は。今は研究所爆発の後処理で大変な時なんだから、勝手に動くのは良くないぞ。それに私が考えているシナリオがあるのだから。』
「大変申し訳ございません。」
クライドは立体映像のディレィッシュに向かって深々と頭を下げた。
『よろしい。さて、クグレックとニタ、そして、ハーミッシュ。安心してくれ。お前たちの話は、昨日から、しっかり聞いている。トリコ王国の監視体制は素晴らしいだろう。』
ディレィッシュはにっこりと微笑んだ。
『私は高出力エネルギー装置を製造し、その実験体としてランダムサンプリを選んだ。高出力エネルギー装置を用いた兵器は、どれほどの威力なのか、試すにはとてもいい相手だ。独裁軍事国家(笑)という国際的に不安を煽る様な国家には少し痛い目を見て貰っても良いだろう。』
ニタは奥歯を噛みしめ、立体映像のディレィッシュを睨み付ける。
『だが、そうなると、ハーミッシュ、アイツの存在は邪魔になる。』
ディレィッシュはちらりとマシアスが幽閉されている扉に視線をやった。「なにが起きてるんだ、ニタ、クグレック、答えてくれ!」とマシアスが喚く声が聞こえるが、流石に反応できる状況ではない。
『アイツの行動力と目的遂行能力は高すぎる。ピアノ商会の件もほぼ単独で全て片付けた。野放しにしたら、何をしでかすか分からない。ハーミッシュにはいずれ死んでもらう。私とアイツは進むべき方向を違えてしまったようだ。もう取り返しがつかない程に。』
クグレックはアッチェレの宿屋で安心しきった様子でいたマシアスとディレィッシュという二人の兄弟のことを思い出した。あの時の二人は間違いなくお互いを信頼し合った兄弟だった。
『情報は書き換えよう。ハーミッシュはランダムサンプリのテロリストを招き入れた首謀者だった。昨日、ハーミッシュの部屋までのセキュリティが発砲しなかった理由はテロリストを招き入れるため。テロリストによるセキュリティ開錠のログはクグレックとニタが開けたものとして成立する。二人がここまでやって来た監視映像も、テロリストの侵入に見せかけるために少し手を加えさせてもらった。テロリストなんて虚構の存在にすぎないが、トリコ王国にはこれが真実となる。テロリストを呼び寄せたハーミッシュは、国民の総意思により、信頼を失い処刑されるだろう。』
ディレィッシュは終始微笑みを湛えたままだった。血の繋がった兄弟の命を奪おうとしているのに、どうしてこのような表情が出来るのか。クグレックは背筋がぞっとするのを感じた。
『さぁ、クライド、クグレックとニタを自室に戻してやりなさい。二人とも騒動が落ち着くまで、部屋で待機だ。こんな血なまぐさいことに、来賓を巻き込むわけにはいかないからね。あ、そうだ、クライド、目を閉じなさい。』
と、ディレィッシュが言い終えた瞬間、ディレィッシュが映る立体映像が、急に激しく光った。あまりの眩しさにニタとクグレックは目が眩み、目を開けるのが困難になった。
その隙を着いて、光を直視しなかったクライドはニタを拘束し、クグレックからは杖を奪った。
「く、ディレィッシュ、マシアスは兄弟でしょ…。どうして、こんなことを…」
ニタは目を閉じながら呟いた。
『もちろん、苦しいさ。血の繋がった兄弟を謀略に嵌めて処刑するなんてね。だけど、私は最初から、この国を統べると誓った時から、情けは捨てているんだ。ハーミッシュは私とはもう異なる人間だ。血の繋がりなどもはや関係ない。』
「…そんな悲しいこと…。」
視力がなくなって、真っ暗闇の中で、ニタは一瞬クライドの拘束する力が弱くなったのを感じた。
しかし、ディレィッシュの
『なぁクライド。そんな私を慰めてくれるのはお前しかいないよ。お前だけは裏切らないでおくれよ』
という懇願するような甘い声が再びクライドの力を強くさせた。
視力が一時的に落ちて成す統べがなくなったニタとクグレックは、クライドに引っ張られて、自室に戻された。