はじまりの旅
クグレックは映像を見つめながら、夢の惨状を重ね合わせていた。真っ黒になった人の形をした塊、皮膚が焼けただれ、剥がれ落ちて苦しむ人。ニコニコ微笑んでくれたあの人たちは、もういない。
クグレックの異常な様子に、ニタは困った表情を浮かべた。ニタには小さくため息を吐くと、優しく諭すような口調でクグレックに話しかけた。
「クク、ククが決めたことであるのならば、ニタは力を貸すよ。もしニタで良ければ、言いたいこと、言ってごらん。」
そうニタに優しく言われて、クグレックは憂鬱な気持ちが幾分か和らいだような気がした。
クグレックは少しばかり落ち着いて昨晩見た陰惨な夢の内容を話し始めた。ぽつり、ぽつりと夢の内容を話していくクグレックにニタは横から言葉を挟むことなくしっかりと傾聴していた。
そして、クグレックが夢の内容を話し終えると、ニタは
「つまり、ククはそんな夢を見たからこの爆発はテロリストの仕業ではなく、ディレィッシュの魔法実験の失敗による爆発だって考えているわけだ。それで、魔法実験の失敗は、協力したククにも責任はあるから、なんとかして大量破壊兵器の開発をやめさせて、戦争を回避させたい、ってことだね。」
と、まとめると、クグレックはこくりと頷いた。
「じゃぁ、なんとかしよう。ククがそう言うなら、ニタもそうだと思う。テロリストの仕業じゃない。ディレィッシュの実験失敗による、故意的な爆発だった。」
ニタがクグレックの夢のことを信じてくれたことに、ほっと安心感を覚えた。
「グレックと行動を共にすること。言ったでしょ。ニタはククがいたいところに着いて行くって。ニタにとって、ククの意志が一番重要なんだ。話してくれてありがとう。」
「うん…。ニタ、ありがとう…。」
クグレックの涙は止まった。クグレックは空いている方の手で涙の跡を拭い、そのふかふかで可憐な姿の相棒を頼もしく思った。
「とはいえ、頼みのイスカリオッシュもいないし、今お城は爆発事件の対応でてんやわんやだ。…もう一回マシアスのところに行ってみようか。」
「うん。」
行動指針が決まった二人は再びマシアスがいる第1皇子居室へと向かう。
城内は慌ただしく、二人を気に掛ける人はいなかった。特に問題もなく、金細工と極彩色の細密彫刻の扉に辿り着いた。この扉の向こうにマシアスが控えている。
「無事について良かった。」
安心した様子でニタが言った。
「うん。」
クグレックも安心した表情を浮かべるも、次の瞬間、表情が強張った。
「王の邪魔はさせない。」
低く冷たい声が二人を捕えた。二人はゆっくりと振り向くと、そこには金髪碧眼の端正な顔立ちの男性が立っていた。トリコ王国の国民が持つ水色の瞳とは異なる青い瞳を持った男。真面目で堅物な、トリコ王国にはどこか似つかわしくない存在。
トリコ王親衛隊隊長クライドだ。
クグレックが懐かしさを感じるその深い青の瞳はどこか殺気立っていた。
「クライド…?」
クライドの右手が帯刀してる剣の柄を掴む。
「ここで何をしている。」
「なにをって、ねぇ…。」
クグレックに視線を遣りながらニタは言葉を濁すが、クライドは二人に鋭い眼差しを向け続ける。
「昨日から何か怪しく思っていたが、これ以上王の邪魔をするな。」
クライドは二人を睨み付ける。その眼差しの鋭さに、クグレックはおろかニタすらも思わず閉口し、たじろいだ。クライドの深い青の瞳はまるで雪の日の夜の様に冷たくて暗く、そして静寂を湛えていた。
「おい、ニタとクグレックか?」
扉の向こうから、マシアスの声がする。ニタとクグレックは返事をしたかったが、クライドの気迫に気圧されて反応することが出来ない。
クライドはちらりと扉を見たが話しを続けた。
「王はトリコ王国を更に繁栄へと導くために、これからランダムサンプリと戦争を始める。だが、これも全てトリコ王国繁栄のため。科学の力は確かに万能だ。しかし、その裏に隠された恐怖を知っておかなければならない。そのためにも、トリコ王国は科学で他を圧倒する。それの第一段階として、独裁国家であるランダムサンプリを制覇し、他国にその強さを知らしめる。」
深い青の瞳は揺らぐことなく、ニタとクグレックを捉える。その鋭さと圧迫感に二人は圧倒されて、動くことが出来なかった。
「だからこそ、王が進むべき道はハーミッシュが邪魔なのだ。ハーミッシュとイスカリオッシュは王にとって立った二人の血の繋がった兄弟。いくらハーミッシュが邪魔であろうと、王はハーミッシュを殺すことが出来ない。殺せないからこそ幽閉しているというのに、ハーミッシュはどうして王に反していることに気付かない?正しいのは王だ。この国の絶対は王であるディレィッシュだというのに。」
王ディレィッシュに対する頑なな忠誠心。おそらく、マシアスやイスカリオッシュよりも、クライドはディレィッシュを病的なまでに慕っている。
王の忠実なる僕であるクライドは鞘から刀剣を抜く。しっかりと手入れされている剣の刀身がきらりと力強く光った。
「ク、クライド、何をする気?」
ニタが、たじろぎつつも答えた。
「ここで殺されたくなければ、もう二度とハーミッシュに関わろうとするな。ここで誓え。」
クライドは白く輝くその剣をニタとクグレックに向かって構えた。
「…多くの人の命を犠牲にすることが、ディレィッシュの意志なの…?」
とクグレックは静かに質問した。
「…そうだ。」
「それって、良くないこと…」
「だが、王の意志だ。」
間髪入れず、クライドは答えた。
「クライドは、それでいいの…?クライドの意志は、それでいいの?」
怖気づきながらも、クグレックはクライドに尋ねる。傍にいるニタは、黙ってクグレックとクライドを見つめ、事の成り行きを見守っていた。
「俺の意志は王の意志だ。何があっても、王に追随すること。王がどんな判断をしたとしても。」
海の底の様に、揺らぐことがないクライドの青の瞳。
彼はディレィッシュに従うことに関して、並々ならない覚悟を持っていた。
そもそも、クライドはドルセード王国の上流階級に生まれ、誉れ高きドルチェ騎士団に所属し、エリート街道を突き進めば良い人生だった。それなのに、彼は家名を捨て、国を捨ててまでしてトリコ王国、いや、トリコ王ディレィッシュに完全服従しているのだ。2人の間に何があったのか知るところではないが、クライドにとってディレィッシュは絶対的な存在である。神と言っても過言ではないかもしれない。
その時、急にけたたましい警報音が鳴り響いた。ニタとクグレックは慌てて辺りをきょろきょろと見回す。一方でクライドは落ち着いた様子で懐から手のひらサイズのコンパクトを取り出した。クライドの4D2コムである。クライドは4D2コムの液晶に表示されているものを見て、一瞬目を見開いたが、すぐに4D2コムを床に置き、持っていた剣は鞘に納めた。そして、膝をついて静かに傾付いた。
4D2コムからは、王ディレィッシュの立体映像が現れた。立体映像のディレィッシュは相変わらずの余裕を持った笑みを浮かべている。