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はじまりの旅

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 城に戻り、豪華な夕食を食べた後、ニタとクグレックは宛がわれた部屋でのんびり過ごしていた。すると、突然4D2コムが音楽を鳴らし始めた。昨日ディレィッシュが4D2コムから現れた時と同じ小気味良いリズムの音楽だ。ニタは4D2コムを手に取り、手順を間違えないように慎重に操作し、ディレィッシュと接続を取った。
 にこにこ笑顔のディレィッシュの立体映像が映し出される。
『やぁ、昨日に比べて随分起動が早くなったな。』
「お褒めに預かり光栄です。」
 ニタが薄ら笑いを浮かべて、立体映像のディレィッシュに向かって丁寧にお辞儀をした。
『やだなぁ、誰もいないんだからかしこまらないでくれ。』
 一国の主であることを忘れてしまうほどに、気さくに話しかけてくるディレィッシュはまるで古くからの知り合いのようだった。とはいえ人見知りのクグレックが自分からディレィッシュに気さくに話しかけるという気にはならなかったが。
『実験の準備が整った。エスカレベーターを使って私のプライベートラボまで来てくれ。時間は1時間程度で済むだろう。さぁ、おいで。』
 昨晩、一か月の実験の協力を行うことを了承したのだ。立体映像のディレィッシュはなんの穢れもない瞳で、キラキラした視線をふたりに向けていた。ニタとクグレックはそういえば、と思いながら、いそいそとバスルームへ行き、ディレィッシュのプライベートラボへと向かった。
 プライベートラボでは、ディレィッシュが「ようこそ」と両手を広げてニタとククのことを出迎えた。
 初日である今日は、主に基本的なデータ取りから行われた。身長や体重を計ったり、血液検査を行ったり、レントゲン撮影で骨格までも調べられた。クグレックもニタも注射やレントゲン撮影は初めてだったので、緊張していた。
 それから、ニタは体組織をより細かく調べるために、大きな箱の中に入れられた。今まではクグレックと一緒に検査を行っていたので、特に疑うことなく素直に受け入れていたが、ニタだけが大きな箱に入ることになっていたので、ニタは徹底的にこれに反対した。身の危険を感じずにはいられなかったのだ。だが、ディレィッシュはトリコ王国を統べる王である。言葉だけでニタを説得させて、なんとか大きな箱の中に入れることが出来た。
 この検査は30分ほどかかるので、待っている間、ディレィッシュはクグレックと問診を行うこととなった。
「では、クグレックが魔女たる背景というのも知っておきたい。クグレックはドルセード出身だと聞いていたが、こうやって旅に出るまではどのようにして過ごしていたんだ?」
「…ドルセードの北東に位置する辺境の村マルトで祖母と二人で過ごしていました。」
「ご両親は?」
「私が生まれてすぐ亡くなったと祖母から聞いています。」
「病気か何かで?」
「…分かりません。」
 クグレックは両親の顔を知らない。祖母は両親についてあまり話してくれなかった。だが、クグレックは両親がいないことで寂しいと思ったことはなかった。なぜならば、祖母がそれ以上の愛をクグレックに与えてくれていたから。だから、親と言うものに関して彼女は興味を持たずにいた。
「魔法はいつから使うことが出来たんだ?」
「…確か5歳の時に、祖母の部屋で見つけた魔導書を開いたら、物を動かす魔法を使うことが出来るようになってました。」
「魔導書?」
「魔法の使い方が載っている本です。祖母も魔女だったので、魔導書は沢山家にありました。」
「ほう、おばあさんも魔女だったんだな。てことはお母さんも魔女だった、ということになるかな?」
「…それは、分からないです。」
「…なるほど。その魔導書を読むまでは、クグレックは魔法が使えなかったのか?」
「意識して使うことは出来なかったです。ただ、村の人達からはずっと災厄を呼ぶ忌々しい子だと言われてきました。おばあちゃんも私はあまり外には出ない方が良いと言っていたので、あまり出ませんでした。外に出れば皆私のことを気味悪がりますし、それに、なんか悪いモノを呼び寄せているみたいなんです。時々、知らない人の声が聞こえたりして、小さい頃だと熱が出ることも多かったんですけど、おばあちゃんが何とかしてくれました。」
「…ふむふむ。クグレック、そんなおばあちゃんがいたのに、どうして旅なんかに?」
「…おばあちゃんは亡くなりました。…私、おばあちゃんが亡くなって、生きる意味をなくしたんです。村の人達は私を嫌うし、もうひとりぼっちだと思って、死ぬつもりだったんです。家に火を放って、火事に巻き込まれたはずだったんですけど、何故か生きていて。おばあちゃんが生かしてくれたんだ、とニタは言ってたのですけど。ニタがアルトフールを探すから、着いて来てほしい、と言ったので、今はアルトフールを探して、一緒に旅をしています。」
「アルトフールか。アルトフールに着いたらどうするのだ?」
 珍しく饒舌に話していたクグレックだったが、とうとうここで言葉に詰まった。
「どうした?」
 クグレックの変化に眉根を寄せながら、ディレィッシュが尋ねる。
「…アルトフールに着いたら、私は死ぬつもりです。おばあちゃんのところに、逝くつもりです。ニタとは最初から、そういう約束なんです。」
「そうか。黄泉への旅路というところなんだな。」
 クグレックはその言葉に対して何も反応を返さなかった。
「ひとつだけ質問させてほしい。ドルセード王国はかつては剣と魔法が栄えた国だったのだが、とある事件により、魔法は廃止となった。多くの魔法使いが、処刑されるなり拘束されるなりして、ドルセード王国の魔法使い、魔女はほとんどいなくなったというが、クグレックはそのことを知っていたかな?」
 クグレックはそのような話を初めて聞いた。そもそもドルセード王国の魔女事情なんて聞いたことがない。
「その様子だと、知らなそうだね。なら、それでいい。」
 ディレィッシュは腕時計を見つめた。問診に使ったバインダーを机の上に置いて立ち上がり、奥の方で何かをかちゃかちゃさせると、ティーカップを持って戻って来た。
「じゃ、今日はこれで終了にする。ニタが出て来るまで、紅茶を飲んで待っていてくれ。」
 ほかほかと湯気を立てるティーカップをクグレックの前に提供すると、ディレィッシュはニタのデータの確認のため機械を弄り始めた。
 クグレックはティーカップを手に取り、一口啜った。この味はポルカの宿屋でマシアスが提供してくれた紅茶と同じ味のする紅茶だった。わずかな酸味と、深みがある、元気が出て来るような味。
 紅茶を啜りながら、クグレックは自身が何も知らないでいたことを痛切に感じた。
 祖母がクグレックに不自由1つなく(村人からは嫌われてきたが)愛情を与えてくれたから、クグレックは外の世界を知る必要がなかった。
 しかし、実際に外に出てみると、クグレックは世の中の常識すら知らない事に気付いた。世界色んな国があって、色んな文化があり、色々な人がいる。マルトやポルカのように自然と共に生きる文化、リタルダンドの首都アッチェレのような都会の文化、トリコ王国のようなぶっ飛んだ超技術の文化。その中には優しい人もいれば怖い人、悪い人もいる。
作品名:はじまりの旅 作家名:藍澤 昴