はじまりの旅
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それから、3人はデンキジドウシャに乗り込み、エネルギー研究所へ向かう。
エネルギー研究所は離れたところにある。城下町を離れると、すぐに雲一つない青空と漠然と広がる砂漠の景色が広がっていた。砂漠には褐色の砂以外何もない。どんな生物もこんな砂漠地帯では生きていけないだろうに、それでも英知の力で繁栄を続けるトリコ城及び城下町は奇跡のように感じられた。
「私、デンキジドウシャが好きなんですよ。」
唐突にしゃべりだすイスカリオッシュ。
「昔はタイヤもあってゴツゴツして乗り心地も悪かったんですけど、王が改良を加えて今のタイヤがない形におさまりました。ちなみにこのデンキジドウシャは私が結構改造してるので、国で一番スピードが出ます。」
「イスカリオッシュも機械を弄れるの?」
ニタが尋ねた。
「デンキジドウシャに限りますけどね。そう言った分野は王に適うことはないですから。私は王の内政の補佐です。外交はハーミッシュ第一皇子の担当ですけど。」
「ハーミッシュ第一皇子?」
「ええ、あ、…すみません。ハーミッシュ第一皇子のことは、お伝えできません。王が、その、部外者には話してはならないと言っていましたので…。」
「そうなの…。」
イスカリオッシュの後ろでニタとクグレックはお互いに顔を合わせた。
「ねぇ、イスカリオッシュ、じゃぁ、マシアスについて知ってる?」
「マシアス…。」
イスカリオッシュはその名を呟いて押し黙るが、しばらくして後、「わからないですね。」と答えた。満足な返答を得られずに、ニタは不満そうな表情を浮かべた。
しばらくすると、遠くの方に不思議な機械が設置されているのが見えて来た。沢山のパネルが地面を覆い尽くすように並んでいる。
「なんだあれ。」
と、ニタが呟くと、イスカリオッシュが得意げに説明をする。
「ソーラーパネルです。太陽の光をエネルギーに変える機械です。厳しい太陽の光はその熱で生命を干からびさせます。トリコ王国はその干からびた跡地に立っているのですが、その厳しい熱を逆に利用して、今では私達の生きるための力として利用しているのです。」
「へぇ。ニンゲンの生への執念は素晴らしいものだよ。」
皮肉とも取れるニタの言葉。
「ところでさ、ニタはずっと気になっていたんだけど、トリコ王国はどこに水があるの?こんなに干からびているのに、どこかにでっかいオアシスがあるの?」
「ふふふ。それは研究所に着いてからお話ししましょう。」
広大なソーラーパネルの森を抜けると、そこには灰色の大きな建物がそびえ立っていた。エネルギー研究所である。
地下の駐車場にデンキジドウシャを停め、地下駐車場から研究所に入って行った。
まずは手土産を持って所長に挨拶してから、3人は白衣に身を包み、首からはスタッフカードを下げて、研究所を動き回る許可を得た。
ニタとクグレックはイスカリオッシュに研究所の案内をしてもらった。研究所の目的はいかにしてエネルギーを効率よく作ることが出来るかということだった。ソーラーパネルから取り込む光エネルギーを効率よく取り込む方法をハードとソフトの面から研究している。更に、エネルギーを使用する際にも効率性が求められる。トリコ王国の機械はエネルギーなしに起動させることは出来ない。無限に注がれる太陽の光であっても、作られるエネルギーには制限がある。機械を起動させるためのエネルギーをいかに低コストで押さえるのか、ということもトリコ王国の課題である。
そして、砂漠の国の大きな問題たるや、『水』である。
水はどのようにして入手しているのかというと、トリコ王国では海水を真水にしたものを調達している。こちらもまた改良すべきポイントは多く存在する。まずは海水を真水に変える装置の改良だ。さらに、真水を送る頑丈なパイプライン、さらに下水の処理、浄化問題に関してもこの研究所で取り扱っている。
水は安定供給されているので、現状のままでも全く構わないのだが、トリコ王国の威信にかけてテクノロジーの更なる次元を開拓しようとしているらしい。
他にも様々な説明を受けたが、イスカリオッシュがどんなに噛み砕いた説明を施しても無教養のニタとクグレックには理解できないことばかりで、ただひたすら科学の力の偉大さに感嘆のため息を吐くばかりだった。
研究所見学が終了し、デンキジドウシャでもと来た道を戻る一行。外は既に日が沈んで暗くなっていた。そんな薄暗い車内で、イスカリオッシュはぽつりと独り言を漏らした。
「最近、王は新型エネルギー開発に勤しんでおられる。一体どんなものなのか、気になって、研究所で調査してみたが、目ぼしい手がかりは得られなかった。国の識者が知識をフル動員して研究に勤しんでいるけど、王の手にかかれば、あっという間に新しい理論を発見し、実践してしまう。王の存在はまるで神のようだけど、…私は国全体が王に依存しているような気がして少し怖くなるんです。」
「…どういうこと?」
ニタが聞き返した。
「王は王たる資質を持っています。だからこそ心配などすることは杞憂に過ぎませんが、もしも王が間違った方向に進んでいるのならば、誰が止めることができるでしょうか。そして、万が一間違った結果に進んでしまって、取り返しのつかないことになった時、国民は、そして王は、この国で笑顔で暮らしていくことが出来るのでしょうか。」
イスカリオッシュは続けた。
「例えば、もし今の王が別の何かに入れ替わったとしても、我々はそれに気付かず、王を盲信しつづけてしまう、そんな気がしてなりません。」
イスカリオッシュはハッとして咳払いをした。明るい饒舌な男イスカリオッシュからぽろりとこぼれた本音にニタとクグレックは思わず顔を見合わせるが、バックミラーでそれを見たかどうかは分からないが、イスカリオッシュはまたもとの気のいい調子で
「なんて、技術発展は素晴らしいことです。それに科学には失敗がつきものですが、手遅れにならないように研究と実験を行っていくのもまた科学なのです。」
と言った。