はじまりの旅
ニタの問いに、ディレィッシュはにっこりと微笑む。
「あぁ。良いんだ。二人なら、なんだか不思議と信用できるんだ。」
ニタは訝しげにディレィッシュを見ながら、「ふーん」と言い放つ。ディレィッシュはニタの視線を気にすることなくニコニコしていた。
「ところで、お願いってなんなのさ。」
「うむ。それのことなんだが、二人に私の実験に協力してほしいんだ。」
「実験?」
「ニタは今や絶滅したとされるペポの生き残りとされている。ペポの青い瞳は万能薬となることでも有名だ。また、そのふかふかの白い毛は汚れにくく、撥水に優れているし、その可憐な体躯から繰り広げられる力というのも、実に興味深いのだ。」
ニタはディレィッシュの発言に身の危険を感じ後ずさりをした。
「や、やだよ。ニタの目はあげないよ。」
「嫌だな。そんな惨いことをするはずないじゃないか。ニタの涙の成分を調べたり、瞳孔や光彩の動きや形を調べたりするから、ニタの目を傷つけるなんてことはしないよ。」
「な、ならいいけど。」
「それに、クグレックは魔女だ。今現存する機械と魔法の力を融合させれば、さらにコストパフォーマンスの良いものになるかもしれない。どんな原理で魔法を使うのか、魔法を使う時、クグレックはどうなっているのか、調べたい。」
クグレックは不安そうな表情でそっとニタに身を寄せた。
ニタはそっとクグレックに耳打ちをする。
「なんか、変な人だね。トリコ王は。」
「う、うん。」
二人がひそひそ話し合うのを見て、ディレィッシュは首を傾げた。彼には理由が分からなかった。
ディレィッシュの視線に気付いたニタは作り笑顔を浮かべて、
「べ、別にニタ達は実験に協力したっていいよ。ただ、ニタ達には行かなければいけないところがあるんだ。だから、そんな長く協力することは出来ない。それでもいいというのなら。」
と、一国の主を前に物怖じすることなく条件を提示した。
「ふむ。行かなければならないところ、か。」
「うん。ニタ達はアルトフールってところに行かなければいけないんだ。アルトフール、知ってる?」
「聞いたことがないな。どこにあるんだ?」
「知らない。けど、支配と文明の大陸にはないんだ。」
「…どこにあるか分からない場所に行こうとしているのか?一体何故?」
「そこに行けば幸せが待っている、特別な地なんだ。実はニタもククも帰る場所がないんだ。だから、そこに行くしかない。」
「ほう。面白いな、それは。しかし、トリコ王国も良い国だ。国民は便利な機械に囲まれ、他の国よりも豊かな暮らしを送ることが出来ている。治安も安定しており、皆が安心して暮らせる。当然二人のことは手厚く保護させてもらう。どうだろう、幸せが待っている地はこのトリコ王国である可能性があっても良いと思うのだが。」
「まぁ、そこに関しては、考えさせてもらうよ。それよりも、ニタはトリコ王国の叡智を用いてアルトフールの情報が欲しいな。そしたら、…そうだね、一か月くらいだったらトリコ王国に居ても良いよ。」
飄々とした様子で答えるニタにクグレックは感心するしかなかった。ニタの強い心臓に憧れを抱かざるを得ない。目の前にいるディレィッシュという男は少々変だが、やんごとなき身分の人物だ。少しでも失礼に値する言動を行ってしまえば、彼が持つ権力でこの世から抹殺されることだってあり得るのだ。
クグレックは恐る恐るディレィッシュを見てみると、ディレィッシュは意表を突かれたような驚いた表情をしていた。さっきまであんなに笑みを湛えていたのに、今は全くの無表情だ。やはり、ニタの言葉は王様の機嫌を損ねてしまったのかもしれない。
ところが、クグレックの不安を他所に、王様は「はっはっは」と声を高らかにあげて笑った。
「ニタ、お前は面白い奴だな。流石勇敢なるペポ族の戦士、とやらだ。その条件で行こう。1か月さえあれば、実験もアルトフールに関する情報収集も上手く行くだろう。そして何より、一か月もあれば二人の心をトリコ王国が捕えることが出来る。意見はいつだって翻していいからな。」
不敵な笑みを浮かべてのたまうディレィッシュ。自信に満ち溢れていた。
「分かった。じゃぁ、1か月間、お世話になるね。」
ニタが力強く頷き、ディレィッシュを見つめる。
「あぁ、全力でお世話しよう。」
ニタとディレィッシュは固く握手を交わした。