はじまりの旅
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「とはいえね、ククがトリコ王国にずっといたいって言うのであれば、ニタはそれに従うよ。」
エスカレベーターで自室に戻ったニタとクグレック。二人で仲良く初めての泡風呂に入浴し、十分楽しみながら身を綺麗にした後、ふかふかのベッドで一緒に横になりながら、話をしていた。
照明はリラックスが出来るという薄暗い桜色の灯りに調節した。アロマはラベンダーの香りを選んだ。音楽は敢えてかけていない。静寂の中で二人とも眠りにつきたかったのだ。
「アルトフールは、いいの?」
「…ククがいたい場所にニタは着いて行くんだ。」
「…私は別にトリコ王国に居たいわけではないけど…ニタがトリコ王国にいたいというのであれば、私は…」
と、言いかけて、クグレックは口を噤んだ。
クグレックはこの先の言葉を言うことが出来なかった。それは、彼女にもはっきりとは良く分からない。二人の関係性はアルトフールまでだった。アルトフールに着いたら、クグレックは祖母の元へ逝くという約束だったが、何故かその約束を言葉にすることが出来なかった。
ニタはそれを察したか察してないかは分からないが、クグレックにぎゅっと抱き着いて
「ま、一か月後、どうなるかは分からないけどさ、トリコ王国自体は面白そうなところだし、楽しもうよ!」
と明るく言い放った。
「うん。そうだね。」
ニタの明るさに、クグレックもつられて前向きになる。
その時、クグレックはある人物のことを思い出した。
「そう言えば、マシアスは元気かな。マシアスってディレィッシュの弟なんだよね。ってことは、マシアスは王子様だけど、まだ怪我の具合が良くないのかな…。」
「…そうだった。そこだ。」
と、思い出したようにニタが呟く。クグレックは「え?何?」と聞き返した。
ニタは真剣な表情で話し始めた。
「今日の祝宴の時に、ディレィッシュにマシアスのことを聞いたんだ。そしたら、『私にはハーミッシュとイスカリオッシュしか弟がいない』って言ってた。ちょっとどういうことか分からなかったけど、王族って妾の人とかがいるっていうから、マシアスは妾の子で、ああいう場ではマシアスのことを話すことが出来なかったのかなって思ったけど…。」
「確かに。王子様だったら、あんな怪我するような無茶なこと、出来ないよね…。」
と言ってからクグレックは怪我を負わせたのは自分であったことに気付き、申し訳ない気持ちでいっぱいになり、気持ちも沈んだ。
「会えるなら、ニタも会いたいんだけどね。イスカリオッシュに明日こっそり聞いてみようよ。もしかしたらマシアスのこと、知ってるかもしれない。」
「うん。明日からイスカリオッシュさんがトリコ王国の案内をしてくれるらしいし。」
「イスカリオッシュ、忙しくないのかな。でもま、ニタ達のために時間を使ってくれるなんてありがたいよ。」
「そうだね。」
「あぁ、朝ごはんはなんだろうな。」
薄暗い桜色の灯りと気持ちを落ち着かせる甘いラベンダーの香りは二人を心地良い眠りの世界へと誘い始める。二人寄り添って眠る宵は今までになく安心出来る夜だった。