はじまりの旅
恐怖、自責の念、後悔、憎悪、無力感といった様々な負の感情に包まれたクグレックにマシアスの声など届かない。最早自らを失ったクグレックは、体をガタガタと震わせた。杖を握る力もなくなり、杖は床にかたんと落ちた。
それと同時に、クグレックの目の前のマシアスも意識を失い、目を閉じた。
「まぁ、マシアスさえ消せれば問題はありませんが。どういうことでしょうねぇ。魔女のあなたも同じ目に遭わせたくなってきました。さぁ、出ておいで。忌々しい魔の力、ここで成敗してあげましょう。」
狸顔の男の足音がクグレックに近付いて来る。彼の位置からだと、クグレックがいる場所はちょうど死角に当たっていた。
クグレックは絶望に打ちひしがれ、しゃがみ込んで体をガタガタと震わせる。
――私が弱くて何もできないから、マシアスは死んじゃう。怖くて何もできないから、ニタも助けられない。こんな私、もう、居なくなればいいのに。もう、嫌だ。嫌だよ。
バチバチとクグレックの周りに静電気が発生する。
狸顔の男は、ただ事でない危険をクグレックから察知して、クグレックがいるであろう方向に銃を放つ。バンバンと銃声が二つ聞こえたが、銃弾はクグレックに当たらなかった。クグレックのすぐそばまで来ると、勢いを失くし、ぽとりと落ちた。クグレックの周りに放たれる静電気が銃弾の勢いを打消したのだ。更に残りの銃弾を全てクグレックに向かって撃つが、全てクグレックの周りの静電気に捕えられ、クグレックまで銃弾が届かない。弾を充填し、再びクグレックに向かって撃つが、何度やっても結果は同じだった。
「ひ、ひい!」
静電気のエネルギーは次第に強くなり、狸顔の男に向かって電気がバチバチと光を伴ってうねる。
クグレックの絶望は彼女の膨大な魔力を放出させる。暴走する彼女の魔力は、今や小さな雷光となり、狸顔の男を脅かすだけでなく、部屋の装飾物や家具を次々と破壊していった。
そして、魔力の暴発はニタが囚われている檻へと至った。雷光が檻に触れると檻は爆発し、壊れた檻からは目覚めたニタがびっくりした様子で飛び出してきた。ふかふかの白い体毛がところどころ焦げている。
「え、え、何これ?」
ニタは辺りをきょろきょろ見回す。そして「臭い!」といって鼻を押さえた。ニタは硝煙の臭いが嫌いなのだ。
そばで雷光に怯える狸顔の男を見るとニタはなんとなくイラッとしたので、一発殴っておいた。ニタの勘が狸顔の男を悪だと感知したのだ。そのまま男は雷光に打たれ、その場に倒れ込んだ。かろうじて息はある状態だ。
そして、しゃがんで一人震えるクグレックに気が付くと、ニタはすぐに駆けつけて行った。
「クク、クク、どうしたの?マシアスにやられたの?」
ニタはクグレックを心配そうにのぞき込む。腹から血を流すマシアスも傍にいて、もうわけが分からない。
クグレックの雷光はニタには効かなかった。雷光の真っただ中にいるが、ニタは平然としている。それは傍で気絶しているマシアスも同様だった。
ニタは必死にクグレックに呼びかける。
「クク、ニタだよ。一体何があったの?怖いの?ニタが来たからもう大丈夫だよ。クク、クク…!」
ニタの声はクグレックの抱える絶望の闇に吸い込まれていくだけだった。
ニタは状況に当惑するが、物音を捉える力の強いニタの耳が、3階へと昇ってやって来る大勢の足音を察知した。
何が来るのだろうか、と、ニタは臨戦態勢を取った。