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はじまりの旅

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「ペポは心臓を一突きすれば一撃だ。ナイフさえ抜かなければ毛が血に染まることもない。かつての狩りでも、あっという間だったな。楽勝だった。」
 ニタの抵抗する力が一気に増した。だが、クグレックは魔法を解かない。
 この場にはニタ以外にも強い人がいる。出会って間もないが、クグレックはその人物のことをなぜか信用出来たのだ。クグレックが何も言わずとも、有能な彼ならば、ニタの代わりにあの男に鉄槌を下せる――。

 ボスが自分が優勢であることに気を抜いた瞬間をついて、マシアスは動き始めていた。男は空中のニタに意識がいっている。
 クグレックが人質になってしまって、余計なダメージを受けてしまったが、マシアスはまだ十分に動けた。金属製の棒でたたかれたのだから骨は何本か折れてしまっているだろう。それはニタも同じだ。
 クグレックが作った隙をついて、マシアスは音もなくボスに近付き、飛びかかってナイフを取り上げた。
「お前…!」
 マシアスはボスを押し倒し、取り上げたナイフを掲げた。
「や、やめろ、離せ。」
 顔面蒼白となって抵抗する男を、マシアスの空色の瞳が無慈悲に映し出している。
「お前たちは11人で全員だな。うち8人は本物の山賊であり、二人は低級ハンター。もう一人いるとは事前情報にはなかったな。どこに潜んでいた?ランダムサンプリの転覆屋。」
「お前に答える筋合いはない!」
「…まぁ、良い。あとで聞かせてくれ。」
 マシアスは容赦なくボスにナイフを振り下ろす。ナイフはボスの右手の平を貫通し、地面に串刺しとなった。
 さらに、マシアスは懐から液体の入った小さな小瓶を取り出し、中身を男の口の中に入れた。すると、男は急に痙攣し始め、口から泡を吹き出して白目になって気を失った。
 マシアスは完全に男が動かなくなったのを確認すると立ち上がり、クグレックに声をかけた。
「大丈夫だ、魔女、降ろせ。」
 そう言われてクグレックは興奮状態にあるニタをゆっくりと地上に下ろした。
 ふう、とクグレックがため息を吐いた瞬間、ニタは動かなくなった男に飛びかかっていった。が、マシアスがニタの首(実際にニタには首がないので頭と胴体の間付近)を手刀で叩くと、ニタはうつぶせに倒れて動かなくなった。
 マシアスは両手で手をはたきながら、クグレックの方を向く。
 クグレックはマシアスがニタに危害を加えたと思い、杖を構えた。
「大丈夫だ。このままだとペポは暴走するから、ちょっと寝かせただけだ。ペポなら、夜明けごろには目を覚ますだろう。」
 マシアスは、木に括り付けられたニルヴァの縄を切断し、ニルヴァを救出した。
 ナイフが刺さっていた箇所からは血がどくどくと流れ出ており、ニルヴァは既に虫の生きだった。黄金の翼を広げようとするが、傷が痛むのであろう。広げることが出来なかった。
 ニルヴァは頭を地に伏せて、倒れている巻き毛のビートを初めとするポルカの村の男達を悲しそうに見つめた。
 一人目覚めていたビートは涙目になってニルヴァを見つめる。ビートの体はまだ自由に動かなかった。
「ニルヴァ、最後の力を使ってくれて、ありがとう…。」
 と、ビートがいうと、ニルヴァは静かに瞳を閉じて、動かなくなった。

 ニルヴァは、あっけなく死んだ。
 不死鳥ではない少し不思議な力を持ったただの美しい鳥、ニルヴァ。
 いや「不死鳥ではない」というのは真実ではない。ニルヴァという鳥は100年生きると不死鳥になるという伝説があるという。
 だから、ニルヴァは100歳になる前に、ポルカの村人に自分を殺すよう依頼をしてくるらしい。
 ちょうど今日がその日だった。
 ただ、ニルヴァは自身が持つ癒しの力でポルカの男達の怪我を治したために力尽きた。ニルヴァの癒しの力は自身の生命力を削る。ポルカの民と共に暮らす希少種ニルヴァは、ポルカの民を命がけで守り、死を迎えたのだった。

作品名:はじまりの旅 作家名:藍澤 昴