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はじまりの旅

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 先の憂いが晴れた一行は、思いっきりハワイ島を楽しむことに決めた。
 まずは浜辺で遊ぶのだ。
 というのも、ニタもクグレックも海を知らない。故に遊んだことがない。ニタの提案で、ニタだけでなくクグレックも海を知り、楽しむのだ。
 部屋に戻ったニタとクグレックは荷物と花飾りを置き、用意されていた水着に着替えた。とは言え、ニタは服を着ていないので選ぶも何もなかったが、丁度ニタのサイズにあう赤色のアロハシャツがあったので、ニタは喜んでそれを着て、更に麦わら帽子を被って海への装いとした。
 一方クグレックは悩みに悩んでいた。
 トリコ王国の時にも下着の様な服を着て恥ずかしい思いをしたが、水着もなかなか恥ずかしいものだった。パレオ型だと肌を露出させないで済みそうだと思って選んでみたが、様々なデザインにクグレックは悩んでしまう。いつも着ているのは黒のローブなので、なんとなく黒い水着を選んでしまうが、ニタがその選択を目敏く発見し「黒は大人っぽすぎるんじゃないのかな。せっかくならこっちのピンクとかにしたら?」と言うので、クグレックはピンクを基調とした黄色やオレンジ色が入った水着を選んだ。
「ニタ、変じゃないかな、ハッシュたちに笑われないかな。」
 着替え終わってからもクグレックはニタに執拗に確認を取る。あまりにも何度も確認を取るので、次第にニタは面倒になって来て適当にあしらうようになった。
 クグレックの確認も気が済み、部屋を出ようとすると、クグレックは「あ」と声を上げて部屋に戻って行った。ニタはなんだろうと思い、部屋を覗いてみると、クグレックは杖を準備していた。
「クク、杖はきっと必要ないよ。」
 呆れた様子でニタが言うとクグレックは
「え、でも、何かあったら大変。」
と狼狽える。ニタはやれやれとため息をつくと、壁に飾っておいたハイビスカスの花輪からぷちっと花房を一つもぎ取った。そして、それをクグレックの耳の上あたりに付けてあげた。
「ほら、魔除けのお守りがあるから安心安心。さ、行こう。」
と言って、クグレックの手を引っ張って部屋の外に出た。
「お、遅かったな。早く行こうぜ。」
 部屋の外にはすでに水着に着替えたトリコ兄弟とセーラーを着たムーがいた。ハッシュはオレンジと黄色の派手なボクサー型の水着を着て、ディレィッシュは青や水色のボクサー型の水着を着ていた。ふたりとも白いシャツを羽織っている。
 それにしてもムーのセーラーは可愛らしかった。少し大きめのセーラーだが、ムー用の服があることに驚きであった。クグレックは思わず顔を綻ばせた。
「あ、ディレィッシュ、大丈夫なの?」
「あぁ、少しくらいなら良いだろう。私だって楽しみたい。調子が悪くなったら休むさ。」
 と、ディレィッシュはウィンクをしてみせた。

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 美しい白浜にエメラルドの海を見た瞬間、ティグリミップの時でもそうであったように、興奮したニタは海へ向かって思いきり駆け出していた。
「海だー!!!!」
 猛ダッシュで砂浜を駆け抜け、海へ突入する。足が着くところまではひたすら走っていたが、腰のあたりまで浸って来ると、ニタはばしゃばしゃと華麗に泳ぎ出した。ニタの勢いは止まらない。一体どこまで泳いでいくのか。
 そんなニタを見つめながら、クグレックたち4人は浜辺の拠点作りから始める。
 パラソルを開き、シートを敷く。小さな一人用のテントも設置して、準備は万全だ。
「じゃぁ、私が荷物番をしているから、皆は泳いでくると良いよ。」
 とディレィッシュ。
「具合が悪くなったらすぐに伝えてくれよ。」
 とハッシュは言って、ビーチショップへ向かった。クグレック用の浮き輪を借りに行ったのだ。その間、クグレックはムーと二人で波打ち際で水遊びを始めた。
 ディレィッシュが海に行くならば、サンダルは脱いで裸足になった方が良いとお勧めしてきたので、クグレックは裸足で砂浜を歩いた。砂浜はどうして歩き辛い。坂道を上るのとまた違った重たさが存在する。が、柔らかな砂浜を裸足で歩くのは解放感があって気持ちが良かった。
 さらに波打ち際では波が寄せては返す様子を足で感じることが出来た。波はちょうど良い冷たさで、クグレックの足を覆っていく。が、すぐに波が引いて行くと同時に足の周りの砂も一緒に流れていって、なんだかくすぐったさを覚えた。お風呂のように海に浸かってみたが、しばらく進んで行くと海の深さは腰ほどまでになったので、クグレックは怖くなってムーと波打ち際で濡れた砂を山のように集めて、トンネルを掘り、浸食されていく様子を楽しんだ。
 やがて、ハッシュが浮き輪を抱えてやって来た。クグレック用とムー用の浮き輪だ。
「ほら、これがあればククでも海を泳げるぞ。」
 そう言ってハッシュはクグレックに浮き輪を渡す。が、クグレックは不思議そうに浮き輪を眺めた後、これは一体何なのか、と尋ねるようにハッシュを見つめる。
「浮き輪はな、こうやって腰のところにやってしがみついていれば、浮き輪の力で体がぷかぷか浮くんだ。」
「…本当に?」
「あぁ。俺が引っ張ってやるから、着いて来いよ。」
 ハッシュはクグレックの浮き輪の紐を引っ張り、海に入って行った。
「ハッシュ、本当に、大丈夫なの?」
 深さが腹のあたりまで来たところでクグレックはだんだん不安になって行った。
「浮き輪にしがみついていれば、大丈夫だよ。足がつかなくなっても、しがみついていれば大丈夫。試しに足を離してごらん。」
「足を離す?どういうこと?」
 泳ぐこと自体がはじめてのクグレックにとって、海に浮かぶという行為すら分からなかった。
 ハッシュは少々の間の後、浮き輪の紐を引っ張って、さらに沖へと進む。ハッシュの身長ではまだ足がつくが、クグレックの身長ではギリギリ足が届かない深さに至った時、クグレックはパニックを起こした。海水が顔に掛かって苦しい。
「や、ハッシュ、怖い。足が、つかない。」
「浮き輪にしがみついてればいいんだ。それが浮かぶってことだから。」
 クグレックはばたばたもがきながら必死で浮き輪にしがみついた。すると、ハッシュはクグレックを連れて浜辺の方へ少しだけ戻った。
「多分、ここなら足がつくだろう。」
 とハッシュが言うのでクグレックは水底に足を降ろした。地に足がつくことに安心する。
「と、まぁ、これが浮くってことなんだ。分かった?ちょっと足を離して浮き輪にしがみついてごらん。」
 ハッシュに言われるがまま、クグレックは足を離し浮き輪にしがみつく。しがみついてさえいれば、沈むことはないということをクグレックは学習し、海に浮かぶことに対しての恐怖心が少しだけ消えた。
 それどころか、ぷかぷか海に浮かぶことは案外気持ちよい。足が着く浅瀬でクグレックはぷかぷかと海を漂った。
「よし、これでニタに連れ去られても安心だな。」
「え?」
 沖から猛烈な勢いで水飛沫が上がって来る。クグレックたちのもとまで近付いて来ると、水飛沫は止み、ぷはぁと息を吐き出しニタが現れた。
「海楽しいね!」
 海に濡れて自慢のふかふかの白い毛はぺったりとくっついているが、ニタは非常に満足そうな表情をしている。
作品名:はじまりの旅 作家名:藍澤 昴