ゴキブリ勇者・ピエロ編
それから何年もたって、私はまだ独り身だった。
クラショーの方はいまだに無くなってはいないが、かなり活動の幅が狭くなったらしい。
もうそろそろ結婚を考えた方がいいのかもしれない。
しかし、周囲に勧められても、私は決心が出来なかった。
どうしても妻の顔を忘れることが出来なかったのだ。
そんな私のウチのドアに、控えめなノックが響く。
「はい」
ドアを開けると、幼い男の子が立っていた。
初対面なのに、どこかで見たことがあるような懐かしさに襲われて、私は声が出なかった。
「おじさん、ピエロの人?」
そうだよ、と答えた声は震えていた。
「お母さんがね、喫茶店まで来てほしいって。
すぐそこの、茶色い看板のお店だよ」
「そう……ありがとう」
「じゃ、僕は遊びに行くから。バイバイ」
「あ、待って!君の名前は?」
「タツヤだよ。じゃあね、おじさん」
タツヤ君は軽やかに走っていなくなった。
私はしばらく呆然としていて、玄関に立ちすくんでいた。
しかし、こうしている訳にはいかない。
私は勇気を振り絞り、喫茶店へと向かった。
作品名:ゴキブリ勇者・ピエロ編 作家名:オータ