ゴキブリ勇者・ピエロ編
「アンタも、もうこんなやつらに用はないだろ。一緒に来い」
「アナタは……!どうやってここに?」
「俺の仲間が魔法を使えてね。外のやつらにはおねんねしてもらった」
「そんなバカな。ハッタリなら通用しませんよ」
「なら、呼んでみろよ」
男は無表情のまま、笛を短く鳴らした。
しかし、なんの反応もないようだ。
男は繰り返し笛を鳴らし続けた。
「まぁ、気の済むまでやってろよ。
じゃ、俺たちは行くぞ」
「そんな……。私には事態が飲み込めません。なぜ魔王が現れるのか、私にはとても」
「そんなことはどうでもいいだろ。
一つ説明するとすれば、クラショーの電話を俺たちが盗聴してたってことかな。
言われても分かんねーだろ?」
「電話……?」
「まぁ、ちゃんと説明してやっから来いよ。
わざわざアンタを助けに来たんだから」
今の状況では、頼る以外に他はない。
私は魔王のあとについて、事務所を飛び出した。
男はまだ笛を吹いていた。
「オートバイって乗り物が停めてある。俺が作ったやつだ。
はえーから落っこちんなよ」
「そんな、俺が作ったって……大丈夫なんですか?」
「ダメでも乗り物選んでる余裕はねぇよ。乗れ」
私が乗せられたのは、ある男の後ろだった。
魔王の手下なのだろうか。
男は不愉快そうな声を出しながら、魔王の方を見ていた。
「なんで、そっちに二人が座るのよ。
俺、後ろには女しか乗せないことに決めてるんだけど」
「俺が作ってやったバイクだろ。
ごちゃごちゃ言ってないで、早く出発しろ」
魔王とその隣の女性は、乗り物の横に取り付けられた、簡素な箱のようなものに座っていた。
こんな乗り物は見たことがない。戸惑う私に構わず、乗り物は出発した。
あまりにも速く景色が後ろに飛ばされていくので、私は思わず笑った。
「世界は私の知らないことばかりで、困ってしまいますよ。
私にはどうすることも出来ない」
「まぁ、仕方ねーだろ。俺だって今日、同じような思いはしたよ」
「なにかあったんですか?」
「こいつらが死んじまって、勇者様のお仲間も死んじまって、てんてこまいだったんだ。
俺たちはともかく、勇者のヤローは『俺を一人にしないでくれ』なんて、ビービー泣いてさ。
なにもしてやれなかった」
「あの、ちょっと待ってください。
死んだって……訳が分からないのですが」
「俺は優れた科学者ってやつでね。
こいつらを生き返らせられる装置を開発したんだよ。
ま、言われても分かんねーだろ」
私は、ただ頷くしかなかった。
「まぁ、あんまり考え込むなよ。
泣きたくなったら思いっきり泣けばいいし、飯は出してやる。
住むところも保証してやるよ」
「あの、一つだけ聞かせてください。
なぜ、私を助けてくれるのですか?」
「俺の城下町には色んなやつがいる。
それぞれみんな抱えたものがあるんだ。
それを少しでも軽くしてやりたくて、俺は城下町を作ったからな。
アンタもこの街の住民にふさわしいってだけだよ」
「そうですか……ありがとうございます」
「あんま気にすんなよ。
俺たちはやりたいようにして生きてるだけだ。
アンタを助けるのもただの気まぐれだよ」
夜道に不思議な乗り物の音だけが響く。
夜霧はすっかり落ち着いていて、建物の明かりがぽつりぽつりと浮かんで見えた。
あの中に自分の家があるわけではない。
なのに、妻の顔が浮かんで、笑顔で私を出迎える姿まで思い出して、少し視界がふやけた。
そんな私を、三人は不馴れな調子で慰めてくれようとしていた。
そうして夜は過ぎ、城下町に住んでいる内にカレンダーも何枚もめくられて、私は突然魔王に呼び出された。
作品名:ゴキブリ勇者・ピエロ編 作家名:オータ