慟哭の箱 6
覚醒する。ゆっくりと、世界の音が戻ってくる。
「…清瀬さん、」
目を開けると、診察室のソファだった。そばには、清瀬と野上が座っている。朝の光がブラインドの隙間から祝福のように注がれているのが見えた。
「ただいま」
パイプ椅子に腰かけた清瀬が笑う。懐かしい。ほんの数日離れていたのに、もう何年も笑顔を見ていなかったような思いがする。
「なんで…ここに…?」
信じられない思いで呟き、旭は半身を起こす。
「夜の間に戻ってきたんだ。平気か」
いつものように、静かな声。穏やかな目。
「…もう戻ってこないんじゃないかって…他のみんなも、そう言うから…」
不安だった。信じようと決めていても、殺人を何より憎む清瀬が、旭を見限る可能性は大いにあった。
「きみや真尋と、約束したからな」
清瀬はそれだけ言った。
ああ、このひとは裏切らない。
俺たちを、絶対に傷つけない。
「…いいんですか?」
「うん?」
「俺たちが、人殺し、でも…」
問うてみても、清瀬の穏やかな瞳はひとつも揺るがない。
「うん」
清瀬は肯定した。清瀬自身が許され、そして救われたのだと旭にはわかった。消し去りたかった過去から。暗く冷たい記憶から。
「俺はきみたちを助ける」
「……」
無意識に伸ばしたこの両手は、自分の意思なのか。それとも真尋や涼太、清瀬を信じたいと願ったほかの誰かの意思なのか。わからない。だけど。
「助ける。もう決めた」
伸ばされた両手の意味を、清瀬はわかってくれた。そうして受け止めてくれた身体に、旭はしがみつく。
このぬくもりが、どうか真尋に、涼太に、そして暗がりで息をひそめる者たちにも届きますように。そんな思いをこめて。
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