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夏日 純希
夏日 純希
novelistID. 55916
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すれ違いの糸

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 かすみの父親から頼みごとをされた記憶は今までなかった。これで裏がなければ逆におかしいぐらいだ。だが、裏はあっても嘘はなさそうだった。竹藪ならばそんなに遠くはない。啓介は自転車を飛ばす。そろそろカッパを着ていてもつらいほどの雨足だった。そういえばこんな雨の中、かすみは竹藪で何をしているのか。なぜかそのときは深く考えなかった。
 覚悟なんてものは、考える必要性さえ感じなかった。
 道沿いからずっと竹藪を見て回った。夜中の竹藪は一層暗い。その中にそびえ立つ竹は、墓標のようで不気味だった。すぐにあきらめたくなったが、あの父親に後で何を言われるかわかったものではない。自分の心に鞭(むち)を打ってまわった。
「やめてくれ」
 声は思った以上に近くからした。目をこらすと奥に二つの人影があった。一人の動きに合わせて、もう一人はどんどんと人間らしい動きを失っていった。操り人形を操る人間というのは、かくも美しい動線を描いているものだろうか。小さい頃にみた人形劇を思い出すが、人形が動いていた記憶しか出てこなかった。
 きゅっ、と首に糸がしまったのがわかる。もちろん遠くなので糸は見えない。しかし、そうなっているのが自然とわかった。人は美しく舞えるのだということが脳にじわっと染み込む。両足は地面に刺さってしまったかのように動かない。
 やがて一人の人間の始末を終えて、歩み寄ってくる人影。途中、こちらに気づいて驚くが、すぐに切り替えてこちらに駆け寄ってきた。目撃者は殺されるのだろう。でも、あんなふうに美しく殺されるならそれも悪くない。啓介はそこまで魅せられてしまっていた。
 だが、人影は歩みを止める。
「啓介……なの?」
 その声は幼い頃から聞き慣れている。かすみだ。殺されると思っていた啓介は、泣き出したかすみを見て拍子抜けした。かすみはミルクを欲しがる赤子のように、なりふり構わず泣きだした。何がそんなに悲しいのか啓介にはうまく理解できなかった。
 ただその姿は初めてかすみを愛おしいと思わせた。あんな洗練された動作が、こんなにも未完成な入れ物に入っていたのかと思った。
 そして、思わず抱き寄せてしまった。
 抱きしめながら考える。ああ、もう一度あの光景を見たい。どうすればまた見られるだろうかと。
 結局その夜はかすみを家まで送って帰った。教科書はもうどうでもよかったので借りなかった。次の日に居残りを命じられたが、やはりどうでもいいことだった。
 その次の月、かすみは糸の通り魔に襲われかけた。だが、どう考えてもかすみが素人の通り魔にやられるわけがない。数か月前に試験的に作った緊急通知アプリも、かすみの正体を知った後では滑稽な産物でしかなかった。だが、そこでかすみは言った。
 もし、僕が犯人に殺されたら、絶対に許さない、と。
 そのときから啓介は、来る日も来る日も、殺されそうで殺されない状況の構築だけを考えた。全てはあの光景をもう一度見るため。糸を巻き付けたトリックのことも、犯行時にかすみが聞いたという奇妙な音も、正直に言うと、どうでもよかった。合法的に犯人を捕まえたいわけではない。だから犯行方法の解明など必要はない。そんなものは、判明すれば誰かがそのうちネットにでも書き込むだろう。放っておけばいい。
 啓介は探偵ではない。殺人光景に魅せられた、ただの一般人だ。
 かすみに本来の目的を気づかせず、殺されてもよい人間(はんにん)さえわかればそれで十分だった。

「啓介、大丈夫? ちゃんと生きてる?」
 かすみは心配そうに啓介を揺らす。そのとき啓介はまだ体育倉庫で余韻に浸っていた。眠りから引き戻されたような気分だったが、不快感はできるだけ表情に出さないようにした。
 啓介はお礼を言って立ち上がろうとするが、糸で縛られていたことを思い出してあきらめる。早く解いてくれと言おうとしたら、いきなりかすみに抱きつかれた。当然の勝利の後であるにも関わらず、かすみはかなり取り乱していた。いつもこんなふうなのだろうか。だとしたら、こんな力を持つのはかすみにとっては、つらいだけかもしれない。けれど、どうしようもなく魅せられている自分がいる。この矛盾はどうすればいいのかと啓介は目を閉じて考えた。
 不意に、金井先生が倒れていた方から何か音がした。まさか生きているなど想像だにしていない。プロの殺し屋が、殺しを失敗することはないだろうと高をくくっていた。その思い込みが反応を遅らせる。
「かすみ、後ろ!」
 やっとのことで声をあげるも、かすみの首に糸が巻き付くのを防ぐことはできなかった。首の糸はすぐに締まる。かすみの表情は、苦しく、せつなく、歪(ゆが)んでいった。
 どうして。その言葉だけで頭がいっぱいになる。
 手足が縛られていて、立ち上がることもできない。
 プロの殺し屋が圧倒的優位な状況での仕事を失敗するわけがないのに、どうしてこんなことに……。
 啓介にはその理由がわからなかった。
 
 やっぱり神様は見てるのかな。悪いことをしたら罰(ばち)があたるのかな。今からでも、もしかしたらやり直せるかもなんて思ったのは、やっぱり思い過ごしだったみたい。
 ねぇ啓介。私、いつか啓介から離れないといけないと思ってたの。だって、うちはあんな家業だしさ。どう考えても二人の未来が交差することなんてないと思ってた。啓介はいつも平凡なサラリーマンの家庭だってぼやくけど、私はその方がよっぽど良かったな。
 私、ずっと我慢してきたんだ。啓介のつまらなさそうに話す世間話とかをもっと聞きたかったのに。私が街で見つけたおいしいスイーツの話とかもっと聞いて欲しかったのに。うちのお父さんといがみ合ってるのももっと見ていたかったのに。でも、一緒の時間が増えれば増えるほど、どんどんつらくなっていった。いつか離れなきゃいけないそのときを思って、心はずっとブレーキを踏んでたんだ。
 なのに、あんなに簡単に私のことを受け止めてくれるなんて反則だよ。私が馬鹿みたいじゃない。私はもっと啓介のことを信用すべきだった。でも、それは啓介がおかしいだけだよね。普通は嫌われると思うよ。だから、あれは啓介が悪い。そうだ啓介が悪い。
 啓介が私を受け止めてくれたあの日から、私には夢ができたんだ。
 啓介と同じ大学に行って、私はちょっと思い切ったワンピースで啓介の横を歩くの。やっぱり色は白とかで。啓介もちょっと照れたりしながらキャンパスを一緒に歩くでしょ。大学のカフェで一緒にレポートしたりして、私に啓介は甘いココアかカフェオレを持ってきてくれたりする。帰る方向は一緒だから、帰りの電車も一緒で。もしかしたら、一人ぐらい恋のライバルとか出現したりして。こんなの普通に楽しそうだと思わない? 啓介と一緒の学校に通うのは高校で最後にしようと思ってたから、こんな可能性を考えられるようになるだけでもすごく嬉しかった。
作品名:すれ違いの糸 作家名:夏日 純希